これくらいの心に

「お弁当?」

 ある日の夕食、明雪さんからお弁当を作ろうかと持ちかけられた。何でわざわざ。早起きするのも楽じゃないだろう。

「桜来ちゃん、お昼はいつも菓子パン買ってるって言うからさ。それならお弁当用意したほうがいいかなと思って」

 実際、そうしてもらえたら助かる面もある。けど、夕飯を用意してもらっているのに加えてお弁当も……。そこまでされると、恩を返せと迫られそうな気がしてくる。

 過去の経験から邪推をしていると、永愛が私の服の裾を引っ張った。自分もお弁当を食べたいという顔をしている。

「……永愛は給食があるでしょ」

 永愛が頬を膨らませたので頭を撫でて落ち着かせる。

「まあ、考えておきます。明雪さんだってフリーターなのに早起きするの大変でしょうし」

 つい煽るような口調になってしまい、明雪さんは目を細めた。

「……馬鹿にしてる?」

「してないですよ」

 最近、少しだけ、大人を信用してもいいのかもしれないと思い始めてきた。永野さんや明雪さんは、私たちにひたすら優しくしてくれる。

 しかし、まだ本気で信用しきれないのも確かだ。それほど私にとって大人とはずるく、汚い生き物に写っている。

――――――

「じゃあまた後でね、永愛」

 小学校まで永愛を送り、学校に向かう。

 もうすぐ夏休みに入る頃だが、未だに学校で友達と呼べる相手は私にはいない。小中学校の頃は転校が多かったせいもあり、人付き合いが苦手なままだ。

 友達が欲しいと思わないわけじゃない。むしろ、大人を信用できない私にとって学校は味方の多い場所でもある。仲良くしたいとは、思う。けれど自分の育ってきた環境が皆と違うことも理解している。そのギャップを埋められるかが不安なのだ。

 昼休みになり、いつも通り購買で菓子パンを買う。購買はいつも人が多くて、菓子パンを買うのも一苦労だ。この苦労が無くなると思うと、やっぱりお弁当を用意してもらったほうがいいのかと気持ちが傾く。

 教室に戻り菓子パンを食べようとすると、三人の女子生徒に話しかけられた。スカートが膝上までしかなく、髪も少し鮮やかで、自信に満ちた顔をしている。

「宮下さん、私たちも一緒にお昼食べていい?」

「え、うん。いいけど」

 三人はそれぞれ空いている椅子を引っ張ってくると私と同じく菓子パンを食べ始めた。自己紹介もしてくれたけど名前は覚えられなかった。

「ねえ、連絡先教えてよ」

 スマホを出してそう言われたが、私は生憎持ってない。

「私、携帯持ってないんだ」

「え、やば」

「そんな高校生いるんだ」

 しまった、と思った。普通なら持っている物を、私は持ってない。皆が放課後も当たり前に連絡を取り合っているのに、私は出来ない。それは友達も出来ないはずだ。

「この新作のやつ、めっちゃ気になるんだけど。今日行かない?」

 話が変わり、一人の子が見せてきたスマホの画面には有名なカフェの新作の飲み物が表示されていた。私はそういうのに触れてこなかったので、新鮮だ。

「いいじゃん。宮下も行こうよ」

「えっ。いや、私は……」

 急に呼び捨てにされて少し驚いたが、同級生の距離感とはこのくらいが普通なのかもしれない。

「ごめん。妹を迎えに行かないといけないから」

「妹いるんだ。何歳?」

 ぐいぐい距離を詰められて、何でそんなこと言わなきゃいけないんだと少し思ったがここで不機嫌になっても空気を悪くしてしまう。

「八歳、小学三年生だよ」

「小三なら一人で帰れんじゃない?」

「……一応、何があるか分かんないから」

 やっぱり、おかしいのだろうか。私たちは。どうしても目の前にいる三人のクラスメイトと、隔たりを感じてしまう。彼女たちが当たり前に経験していることを、私は知らない。そのことが、私を酷く惨めに感じさせる。

――――――

「明雪さん……。その、お弁当の事、お願いしてもいいですか?」

 夕食を食べ終え、お皿を洗っている明雪さんに声をかけた。永野さんや永愛に聞かれるのは恥ずかしく、今まで言い出せなかった。

 明雪さんに頼るのも結構嫌だけど、それで少しでも節約して、同級生と遊ぶための余裕が出来るなら仕方ない。

「もちろん。美味しいの作るから、楽しみにしててね」

 嬉しそうに笑う明雪さんの表情には悪意など微塵も感じなくて、また心が少し揺らいでしまう。信用したいと思ってしまう。

 けれど、それを私は振り払う。そうして信じた大人に何度も騙された。明雪さんは家賃を安くするためにただ食事を用意している人。私たちは損得勘定で結びついているだけだ。そう自分に言い聞かせた。

――――――

「桜来ちゃん。お弁当、こんな感じでどうかな?」

 朝、明雪さんが家に持ってきたのは、ご飯に海苔とハムでクマの顔を描いたものだった。

「キャラ弁っていうの調べて作ってみたんだ」

「そ、そうなんですか」

 耳もわざわざ丸く切り抜かれていて、かわいい。かわいさに頬が緩みそうになるのを抑えながら冷静に答える。

「永愛ちゃんの持ってるクマのぬいぐるみ、桜来ちゃんが作ったんだってね。すごいね。それで私も作ってみたんだけど……どうかな?」

 正直、かわいいし嬉しい。けどそれを正直に伝えることは出来ない。

「……まあ、いいんじゃないですか」

「もう、素直じゃないなあ。まあ何かリクエストがあったら言ってね」

 明雪さんがおかずの余りの卵焼きを永愛に食べさせている。永愛は食べるといつものように目を輝かせ飛び跳ねた。本当に明雪さんの料理が好きらしい。

 お礼くらい、伝えても……。そう思ったが、やっぱりどうしても言えなかった。

「永愛、そろそろ行くよ。明雪さんも、バイト遅刻しないでくださいよ」

「分かってるよ。いってらっしゃい、二人とも」

 いつも通り永愛と手を繋ぎ、小学校に向かう。鞄がお弁当の分で少し重たいが、何となく嫌な重さには感じない。

 少し歩いていると、永愛が私の顔をじっと見ているのに気づいた。

「永愛、ちゃんと前見て歩きな」

「……さくら」

 永愛が私の名前を呼び、口元に指を当てた。自分の口元に触れてみると、僅かに口角が上がっている。

「ち、違うから。別にお弁当が嬉しかったわけじゃ……」

 弁解するが、永愛はニコニコしたままだ。そんなニヤけてはないはずなのに……

 小学校の近くまで着くと、後ろから声が聞こえた。

「お、宮下じゃん」

「あ……おはよう」

 昨日の……名前は思い出せないが、一緒に昼休みを過ごした子の一人だ。自転車通学らしく、ママチャリのカゴにカバンを入れている。

「その子が妹? 手繋いでんじゃん。ウケる」

 何を言っているのか少し理解出来ないが、良い意味じゃないのは分かる。永愛は怯えた様子で私の後ろに隠れた。

「何、ビビってんの?」

 自転車の人が永愛をじっと見る。永愛はますます怯えて私の手をぎゅっと握った。

 突然、私は恥ずかしくなってきた。きっとこの自転車の人の反応が自然で、普通で。八歳にもなって私の陰に隠れる永愛はおかしいと思われている。

「……永愛、早く学校行きな」

 私が永愛の手を引き離すと、永愛は怯えた目で私を見た。その目を見たら私はきっとまた甘やかしてしまいそうで、目を合わさず背を向けた。

「いつまでも甘えてちゃダメ。ほら、行って」

 永愛の震える指が触れた気がしたが、気づかない振りをして私は歩いた。

「宮下、後ろ乗ってきなよ」

「え……いいの?」

 二人乗りなんて、していいのだろうか。教師に見つかれば怒られてしまいそうだ。けれどここで躊躇したら仲間外れにされるかも、と思い、恐る恐る乗せてもらう。背徳感が、少し心地よかった。

「宮下、購買行こう」

「あ、私、今日はお弁当あるから」

 昨日と同じく、三人が昼休みに話しかけてきた。私がお弁当を見せると、三人は苦笑いを見せた。

「やば、高校生にキャラ弁とか。宮下の親、センスやばいね」

「え……」

 明らかに馬鹿にした口調。他の二人も同調している。

「私だったらキレるかも。恥ずかしいの作んなって」

「確かにー。てか食べないで捨てるわ。ダサすぎでしょ」

 三人のリアクションを見て、私はどんどん恥ずかしくなってきた。今朝、お弁当を見せられて嬉しいと思ったことも、明雪さんにお弁当をお願いしたことも、しなければよかったと思った。

「……だ、だよね。私も最悪」

 私もおかしいと思われたくなくてそう言った。口にすると、下腹のあたりが締め付けられるような、嫌な感覚がした。

「私はかわいいと思うけどな」

 突然、横から声がした。驚いて見ると、また別の女子生徒が私のお弁当を見ている。キッチリ締められたネクタイと鋭い目付きからは、気の強さを感じる。

 その子は私たちの視線を一手に集めているが、そんなことは気にしていない様子で、私の隣に座っている子に話しかけた。

「そこ、私の席なんだけど」

「…………」

 何も答えず、その子は席を立った。空いた席に座ると、私の方をじっと見ている。

「な、何?」

「作ってもらったものに対してああいうことを言うのは、情けないと思うな」

 真っ直ぐな目でそう言われる。そんなの、私だって分かってる。けれど、周りと違うことを言っておかしいと思われたくない。

「……うるさい」

「宮下ー、購買行こー」

 さっき席を立った子から呼ばれ、私は急いで教室を出た。

「……くそっ。黒崎のやつ、ムカつくわ」

 自販機の前まで来ると、それを軽く蹴りながら呟いた。黒崎、というのはさっきの気の強い人の名前らしい。

「あいつ調子乗ってるよな。気取ってんだよ」

 どうやら、その黒崎という人はクラスで腫れ物扱いらしい。私はそういう人間関係に疎く、知らなかった。

「ねえ、ちょっと痛い目見せてやろうよ」

 誰かがそう呟いた。私以外は察したようで、ニヤニヤと笑っている。

「あ、あの……どういう意味?」

「とりあえず、宮下。明日の放課後ちょっと出かけようよ」

「え、でも私、妹が……」

「そんなの親に任せればいいじゃん。そもそも小三にもなって一人で帰れない方が悪いんだから」

「わ、分かった……」

 そう言われると断りきれず、私は了解した。

――――――

「桜来ちゃん、お弁当どうだった?」

 夕飯を持ってきた明雪さんが開口一番にそう尋ねてきた。不意に、昼休みの事を思い出す。

『作ってもらったものに対してああいうことを言うのは、情けないと思うな』

 うるさい。だって、皆は恥ずかしいと言っていた。ダサいと。

「……やっぱり、お弁当はいらないです」

 また、気持ち悪い感覚がせり上がってくる。明雪さんは少し困ったように笑った。

「あ、あんまり美味しくなかったかな? ごめんね。次はもっと頑張るから……」

「いいって。もういらないですから」

 明雪さんの顔を見れず、俯いて言う。永野さんが見かねた様子で私の肩を叩いた。

「桜来、そういう言い方はよくないんじゃないか? 綾乃ちゃんが可哀想だろ」

 永野さんがそう言うと、明雪さんは慌てて手を振った。

「いえ、私は大丈夫ですよ。私のお弁当が変だったから、桜来ちゃんは怒ってるんですよ。もう、作りませんから……」

「綾乃ちゃん……」

 何を言っているんだ。私は。

 自分の気持ちがどこにあるのか分からなくて、苛立つ。どうしようもなくて、周りに当たってしまう。

「永野さんも、もう放っておいてよ。私だってもう高校生なんだから、いつまでも子ども扱いしないで!」

 肩に置かれた手をなぎ払い、永野さんを睨む。永野さんは少し驚いたような顔をしたが、ため息をつくと私から視線を外した。

「……そうか。じゃあそうするよ。綾乃ちゃん、永愛。早く食べよう」

 不安とか、悲しさとか、苛立ちとか、言いようのない感情が私の中を渦巻いていた。

――――――

「ふぁ……はい、誰ですか……? って、宮下さん。どう、しました?」

「……天崎さん、すみません。朝早くに」

 同じアパートに住む天崎伊織さん。ほとんど話したことはないけれど、悪い人ではないはずだ。

「あの……今日、永愛のことを迎えにいってほしいんですけど、いいですか?」

 本当は永野さんか明雪さんに頼むつもりだったけれど、言いづらくなってしまった。なので不本意だが、天崎さんに頼むことにした。大学生で、他の人よりは時間に余裕があるだろうし。

「えっと……何で私? 大家さんとか、明雪さんに頼めば……」

「それは、その……」

 私が言葉に詰まっているのを見て察したのか、渋々了承してくれた。

「まあ、いいですけど。でも妹さん、私のこと分かります? てか通報とかされないですかね……」

「永愛は天崎さんのことは知ってますし、家の場所も分かってます。一応、事故とかに気をつけて見ててもらえれば」

「通報は……?」

「それは、まあ……多分、大丈夫です」

 天崎さんの挙動次第な気がするけれど。とりあえず、これで永愛のことは大丈夫だ。まだ少し不安はあるけれど、私は普通の生活をするために友達を作りたい。今日はそのための日だ。

 放課後、私は初めて永愛の迎えに行かずに、自転車の後ろに乗りショッピングモールに向かっていた。

「とりあえずゲーセン行こうよ」

「そうだね」

 ゲームセンター。名前は知っていたけれど、入るのは初めてだ。騒がしくて、眩しい。

「ねえ、これもう取れそうじゃない?」

 そう言って指さしたクレーンゲームは、確かにもう大きな箱のお菓子が傾いている。

「本当だ。蹴ったら落ちるんじゃない?」

 笑いながらクレーンゲームの台をガンガン蹴るが、お菓子は落ちる気配が無い。

「い、いいの? そんなことして」

 先程から店員がチラチラとこちらを見ている。

「何? 宮下、ビビってんの?」

 店員は睨まれると、気まずそうに去っていった。大人を怖気づかせるその態度に、私は憧れを抱いた。

 しばらくするとゲームセンターを出て、雑貨屋に向かった。昨日は何か物騒な事を言っていたようだが、普通に遊ぶだけらしい。少し安心した。

「……これ、かわいい」

 ふと、キーホルダーが目に入った。私が永愛に作ってやったクマのぬいぐるみに似ていて、かわいい。

「宮下、何見てんの?」

 話しかけられ、慌ててキーホルダーを元に戻す。こういうのが好きなのは、おかしいんだ。

「な、なんでもない」

「ふーん。まあいいや。それよりほら、見て」

 物陰から言われた方向を見ると、黒崎さんの姿が見えた。

「あ……黒崎さん」

「宮下、あいつのカバンにこれ入れてきてよ」

 そう言って渡されたのは、ハンドクリームだった。お店の商品で、レジを通した様子は無い。

「え……それって」

 そんなことをしたら、黒崎さんは万引きをしたと思われるんじゃないだろうか。

「大丈夫だって。ちょっと痛い目に合わせるだけだから」

「で、でも……」

 私が渋っていると、ガっと胸ぐらを掴まれた。驚いて声が出ない。

「いいから早くやれよ。私ら友達だろ?」

 友達……。そうだ。私は友達が欲しい。普通の高校生のようになりたい。そのためにこれが必要なら、やるしかない。

「分かった……。やるよ」

 渡されたハンドクリームを握りしめ、ゆっくりと黒崎さんの背後を追う。角を曲がった黒崎さんを追いかけようと私も曲がると、黒崎さんが待ち構えていた。私のことをじっと見ている。

「あ……」

「何か用?」

「いや、その……」

 やばい。どうしよう。失敗した。友達じゃいられなくなる。

 色んな考えが頭を駆け巡り、助けを求めるように振り返ったが、あの三人は私が黒崎さんに見つかったと気づくと一目散に逃げ出した。私を置いて。

「え、ま、待って……!」

 追いかけようとしたが、黒崎さんに腕を掴まれた。

「な、何すんの」

「やめときな。ほら」

 見ると、逃げようとしたところを店員さんに止められている。どうやら彼女たちは別の商品を万引きしようとしていたらしい。

「教えてくれてありがとうございます」

 店員さんにお礼を言われた黒崎さんは手を振り、後ろに隠れていた女の子を引っ張った。

「いえ、私ではなく、この子です」

「えっ、いや、その……」

 いつからそこにいたのか、その子は黒崎さんと同じく身なりはしっかりしているが全く自信は無さそうで、オドオドしている。

「美玲、よく頑張ったね」

「わ、私は何も……。亜衣ちゃんが注意して見てって言ってたから……」

 美玲、という名前らしい。目をキョロキョロさせてしどろもどろになっている。

「そうですか。ありがとうございます。それで、そちらの方は……?」

 店員さんは改めてお礼を言うと、私の方をチラッと見た。私の手に持ったハンドクリームを見て、疑いの篭った目を向ける。

 そうだ。私も彼女たちと同じ、万引き犯のようなものだ。とんでもないことをしてしまったと今更になって後悔していると、黒崎さんが私の手からハンドクリームを取った。

「彼女は私の友達ですよ。ありがとう、これ探してたんだ」

「えっ……」

「ああ、そうですか。失礼しました」

 店員さんはペコペコと頭を下げ去っていった。

「な、何で……?」

「美玲が聞いてたんだよ。君が無理やりやらされているって」

「そうなんだ……。けど……私、やろうとしてた。あの子たちに言われた通り、黒崎さんに……」

「でも今は後悔してるんだから、いいよ。ただ、黒崎さんって呼ぶのはやめてほしいかな。亜衣でいい」

「え、じゃあ、あ、亜衣……」

 下の名前で呼ぶなんて、まるで友達みたいだ。

「君の名前は?」

「えっと、宮下、桜来」

「桜来、って呼んでいいか?」

「えっ」

 驚いて、変な声が出てしまう。

「ダメだったか?」

「いや、いいんだけど……何か、友達みたいで」

「友達だろう。私はそう思ってるよ」

「ほ、本当に……?」

 さっきの今で、受け入れきれない。

 私が喜ぼうとすると、亜衣がそれを遮った。

「ただし、まだだ。桜来はまだ謝らないといけない人がいるんじゃないか?」

「あ……」

 そうだ。私は永野さんと明雪さんにも、酷いことを言った。今なら素直に思える。謝りたいと。

「でも……」

 不安だ。あんなことを言って、もしかしたらもう捨てられるかもしれない。いや、捨てられる。また永愛と二人きり……もしかしたら、永愛だけを残して、私だけ捨てられるかもしれない。

「大丈夫だよ。私たちも一緒に行くから」

「い、いいの?」

「ああ、友達だからな」

――――――

「宮下さーん、もう家に入りましょうよ。じゃないと私も帰れない……」

「天崎さんは帰ってていいですよ。永愛ちゃんのことは私たちが見てますから」

「いや……宮下さんのお姉さんに頼まれたので……。一応、最後まで見届けないと」

「伊織ちゃん、意外と律儀だよな……。にしても桜来のやつ、何してんだ? 全然帰ってこないな」

「そうですね……。あ、永愛ちゃん!」

 家の近くに着くと、永愛が駆け寄ってきた。私に飛びついて来たのを受け止め、そのまま抱きかかえる。小三にもなると少し重たい。

「桜来……! 何してたんだ。こんな時間まで」

 永野さんと明雪さんが後を追ってきた。永愛を下ろし、二人を見る。

「すみません。私たちと一緒にいたんです」

 亜衣がすっと私の前に立つ。初対面の大人である永野さんにも怯まず話せるのはすごいなと思った。が、ここで亜衣に頼ってたらダメだ。

「亜衣、大丈夫だから」

「桜来……。頑張れよ」

「永野さん、明雪さん。昨日は酷いこと言ってごめんなさい。だから……私のこと、捨てないで、ください……」

 頭を下げて、謝る。永野さんも明雪さんも何も言わない。怖くて頭を上げられずにいると、永野さんが私の頭を撫でた。

「……捨てるわけないだろ。馬鹿」

「永野さん……」

 顔を上げると、目を潤ませた明雪さんの姿が目に入った。私の方にジリジリと歩み寄ってくる。

「あ、明雪さん?」

 何だか怖くて、私もジリジリと後ずさるが、明雪さんが私にがっと抱きついてきた。

「さ、桜来ちゃーん! 心配したよー! 無事でよかった……!」

「あ、明雪さん。やめてください! ちょっと!」

 明雪さんを引き剥がし、落ち着かせる。まだ謝りたいことはあるのだ。

「明雪さん……ごめんなさい。お弁当、嬉しかったです。また……作ってください」

「もちろん! 頑張るからね」

「良かったな。桜来」

「うん……。亜衣、美玲。ありがとう」

 無事に謝ることも出来て、帰ろうとすると家の方から天崎さんが走ってくるのが見えた。そういえば天崎さんにも迷惑をかけたな、と思っていると、息を切らしてようやく到着した。

「はあ、はあ……みんな、走るの早すぎ……」

「伊織ちゃん、もう終わったから帰るぞ」

「え、どういう事ですか……って、美玲!?」

 天崎さんが美玲を見て驚いた顔をした。美玲も天崎さんを見て同じ顔をしている。そして、美玲が驚くべきことを口にした。

「お、お姉ちゃん!?」






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