厳選 その1

「はい次ー」


 ここはスラム街のとある建物。


 その建物内にはガラの悪そうな男たちが一堂に会し、今か今かと自分のとある順番を待っていた。



「その次」


 そして、その男たちがなす列の一番前へと向かうと、そこには鑑定眼鏡をかけたアルスが。



「前の人が終わったらどんどん詰めるように」


 アルスは列に並ぶ者達に気を配りながら、建物の奥から引っ張り出した椅子に座り、机に肘をかけながら、自身の前に出来た長蛇の列を鑑定で効率よくさばいていく。



「次ー」


 この人も駄目だ。



「その次ー」


 この人も……


 ここにいるのはムーが厳選した自分の腕に自信がある者達ばかり。


 

「はい次」


 しかし、アルスは一切の妥協も許さないといった顔で次々と選考から落としていく。



 ……ちょっと会場の雰囲気が悪くなってきたかな。


 アルスは会場に張り詰めた雰囲気を感じ取り、チラッと列の方へと視線を向ける。



「ちっ。さっきから誰も通ってないじゃないか」


「あいつ、本当に俺達を雇う気あるのか」


 ボソッと呟く男たちの声がアルスの耳にも届く。



 まぁ、そう言われるよな。だからといって、妥協する気はないけど。


 アルスはそんなのを気にも留めず、鑑定を進める。



 ここで中途半端な人材はいらない。


 今、俺が必要としているのは、成長できる素質を持つ者だけ。


 今現在のステータスが高いだけで、成長できない奴は必要ない。


 今回採用しようとしているのは、ステータスの潜在能力値が高い者達だけだからな。



 アルスはいずれ訪れる戦争に向けて、今から選りすぐりの人員を自らの手で育成しようと考えていた。


 成長できない者はいらない。


 この、残酷とも思えるアルスの考え。


 ここにいるのは仕事にも恵まれず、辛い生活を強いられている者達ばかり。


 良心を優先するのならこの場にいる全員を雇うのが正解だろう。


 しかし、アルスにはこの場にいる全員を雇うお金も無いし、全員に割けるほど時間も残っていない。


 ならば自然と選りすぐった者に金と時間をかけるべきだろう。


 何故なら、戦争は待ってくれないのだから。



「その次――」


 10人以上が鑑定されたのにも関わらず、まだ誰一人も採用していないアルス。



「おいっ! 本当に採用する気あんのかよ!」


「はっ? 俺が雇われない? 鉄壁のアーギルと言われているこの俺が?」


 列に並ぶ者達や既に不合格を貰った者達が徐々に騒めきたち、中には大声で不満を溢す者も。



 案の定、騒がしくなってきたな。


 アルスは想定内の事に少しも同様とせず、淡々と鑑定をし続ける。



 すると……


「あーもう我慢できねえ!」


 我慢の限界に達した一人の男がずかずかと大きな足音を立て、アルスへと近づいていく。



 思ったより来るの早いな。


 アルスは来た男を見る事無く、別の人物の鑑定を進める。



「おいおい、領主の息子だかなんだか知らないが……」


 何やら男は怒っているらしく、声を荒げながら机を強く叩き。



「俺達を馬鹿にするのも……」



 こういう輩が出るのは分かっていた。


 向こうにとってはまだ、成人にもなっていないガキが眼鏡をかけて自分たちを採用しないと告げているだけ。


 戦う姿すら見ずにどうして強いか弱いかの判断が出来るのかと皆、思っている事だろう。


 普通は判断基準を伝えるべきなんだろう。


 しかし、俺は鑑定眼鏡の事を皆に教えるつもりはさらさらない。


 俺にとって鑑定眼鏡の情報は重要だし、仲間になるとも限らない相手にペラペラと喋って、第三者に鑑定眼鏡の事を知られるのは嫌だからな。


 何処に他の転生者の目があるかも分からないこの状況で……


 アルスにとって今回の転生は、もう既に自分だけの問題ではなくなっていた。


 自分に不利な状況はなるべく作らないように、事前に不安要素を消していく。それがグレシアスをプレイする上で必須条件。



 でも、こんな序盤に武力行使してくるとは、ちと予想外だったけど。


 仕方ない……



 アルスは仕方ないよなと悪い笑みを浮かべ、小さく手を上げる。


 その行動はある人物達に素早く伝わり。



「いい加減に……」


 男は拳を振り上げ、アルスめがけて攻撃を放った瞬間。



「ぐふっ!」


 二つの影が男の真横に現れ、顔と腹に一撃ずつパンチを繰り出す。



「アルス様に手を上げようとするとは……許さない」


「……弱いね」


 そこにはエバンとミネルヴァの二人が。



 この二人を連れて来たのはこのためだった。


 二人は倒れ込んだ男を、恐怖と驚きで乱れた男達の列に邪魔にならない場所に移動させ、無言でアルスの後ろに立つ。

 


 これでこの場にいる者の殆どが分かった事だろう。この二人の尋常じゃない強さを。


 ここにいる者達は自信があったはずだ。


 自分たちは強い。


 戦争でも十分に活躍できる……と。


 スラム街で威張る分には十分な強さはあるのだろう。


 でも、俺は知っている。ステータスが絶対のこの世の中で、今鑑定してきた者達は強者と呼ばれる存在の足元にもたどり着けていない事を。


 それに、この者達ぐらいの強さの持つ戦士は戦場ではゴロゴロいる。


 そんな中途半端な強さでは、いずれは戦場で命を落とすことになるだろう。


 そんな事にならないよう、俺が目指すのは戦場でも一際輝ける兵の育成だ。


 今回、雇った者達は戦場で兵を束ねる指揮官クラスになってもらう予定だし、今日は誰が何と言おうとも厳しくいかせてもらう。


 

 皆が怯え、戸惑っているこの状況でアルスは静かに両手を目の前で開き。


 パンッ!


 

「さぁさぁ、時間が迫っているんだ。前の者から。そうだ。貴方から始めよう」


 アルスは大きく手を鳴らし自分に注目を集めると、一人の男を指さし、鑑定を再開した。


 すると、さっきまで反抗的であった男たちは途端に素直になり、言葉一つ発さず、鑑定に従うように。



 効果てきめんだな。二人のお陰でスムーズに鑑定が進むようになった。


 よし、気を取り直して頑張るぞ。

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