完成と新戦力 その2
「ムーのおっさん! どんだけ待たせるんだよ!」
「本当に来てんだろうな?」
「やっとか!」
「早くしろよ!」
多くの罵声とも捉えられるような声だった。
凄い人の数だ。
100や200じゃきかないんじゃないか?
想像の倍以上のお出迎えに圧倒されるアルス。
「何だい、こいつらは」
「凄いですね」
エバンとミネルヴァは驚きながらも、アルスの一歩前に立ち、警戒を忘れない。
この数は予想以上だ。
せめて100人集まればと思っていたけど。
今回ここに集まったのは皆、ムーに仕事を与えてやると言われた者ばかり。
正確にはアルザニクス家の兵にならないかという、スラム街の人にとって考えられない破格の仕事話を振られた者達だった。
兵になるには一定水準以上の身体能力に学力。そして、市民権を持っている者が一般的だ。
普通なら、彼らの様なスラム街に住む者たちには、領地の兵という職業はなりたくてもなれないもの。
そして、武力に自身がある者にとっては一度は考えた事のある職業の為、この提案はとても魅力的なものだった。
しかし、現れたのはまだ若そうな子供に青年と女の3人。
「あいつが領主の息子か?」
「何だあの護衛。細くて弱そうだな」
「女もいるぜ」
「タイプだ俺……」
好き勝手言ってくれてるな。
ある程度予想は付いていたものの、いざ、ごろつきとなんら変わらない野郎どもに言われるとくるものがある。
アルスの心情を知ってか、ムーが一歩前に立ち。
「皆、良く集まってくれた。知っている者は知っていると思うが、私の横におられるのが次期当主、アルス・ゼン・アルザニクス様だ。そして今回、皆にこのような機会を設けてくださった張本人でもある」
集まった者達を黙らせるように大きな声で話し始める。
流石ムーさん。慣れているな。
正直助かった。
ムーが主導して話を進めていき。
「内容はいたって単純。アルス様のお眼鏡に叶えば雇って頂けるし、そうでなければまたの機会にとなる」
本題に入った瞬間。
「なんだと!」
「どんな基準で選ぶって言うんだ! まさか、この場にいる全員で殺しあえとでも言うのか!」
「全員雇ってくれるんじゃ無かったのか!」
外野が突然、声を上げる。
皆、言い放題だな。
数百人の者たちが一斉に文句を言い始める状況に対し、焦ることなくこの場を穏便に収める方法を探る。
もちろん、選び方は単純。鑑定眼鏡で鑑定し、こちら側のメンバーで選定して……って、馬鹿正直に話したら火に油を注ぐだけ……
どうしたことやら。
俺が出るか? それともムーさんにでも。
「アルス様。私があいつらを黙らせてきます」
「生意気な奴らにはちと、お灸をすえてやらないとね」
目がキマッている二人の手を掴み、進行を阻むアルス。
この二人をいかせるのはNG。この場が大惨事になる。
「二人共ストップ。ここはムーさんに任せ……」
その時。
「静かにしろ!」
誰の声だ?
アルス達の前方から鋭い声がその場に響く。
「……アルス様。彼に任せておきましょう」
ムーはその声の主に覚えがあるらしく、アルスに近づき、耳元で囁く。
ムーさんが任せてもいいと言う人物か。ちょうどいい。
「分かりました。二人共……いいね」
元から自分でどうこうするつもりはなかったアルス。
「アルス様がそうおっしゃるのなら……」
「分かったよ」
既にやる気満々であった二人を止め、声を上げた人物に皆が注目する。
バンダナを被った男か。
その人物は2階からゆっくりと降りてきて、アルス達に小さくお辞儀すると、集まった者達がいる方に顔を向ける。
そして、その場が静かになったと同時に口を開く。
「お前たち。仕事が欲しくないのか?」
すると、参加者の一人が。
「欲しいに決まってるだろ。だから……」
「だから何だ」
「っ……」
「好き勝手言って、雇い主であるアルス様がお前らを雇ってくれるって本気で思ってんのか」
声を上げた男性は反抗できず、下を向く。
「他に何か言いたいことのある奴は?」
シーン。
「いないようだな。……アルス様、失礼しました。こいつらも根が悪い奴じゃないんです。どうか、許してやってください」
場を収めた、バンダナを頭に巻いた男はくるりとアルスへ振り向き、謝罪する。
この男。一瞬にしてこの場を収めてしまった。
中々だな。
「もちろんです。では、ここで条件をはっきりさせておきましょうか。私が求める人材は、戦場で如何に輝けるか。つまり、常人よりも優れた能力があるかどうかです。もし、その方に優れた能力の片鱗が見えた場合、喜んで雇い入れましょう。ただし、アルザニクス家の兵としてではなく、私個人の兵としてですが」
「なるほど。……アルス様に質問があるのですが」
「何でも言ってください」
「ありがとうございます。優れた能力かどうかという判断は一体誰が……」
「この場にいる4人です」
すると、バンダナ男はアルスの背後にいるエバンとミネルヴァに視線を向け。
「……とても失礼な話ですが、アルス様とムーさんはともかく、他の二人に特別な目があると?」
そう考えるのも無理は無いか。
俺は貴族として、そして雇用主としての。ムーさんはスラム街の中心人物としての信頼があるが、エバンやミネルヴァさんには何も特別なモノは無い。
むしろ、二人が反対意見を出したらその者にとって、とても不利になるし、自分に良くない状況にはいかせたくないもんな。
ただ、そんな事を言ったら……ほらぁ。
アルスは背後いる人物たちの気配が大きく荒ぶったのを感じ取る。
「アルス様。私に剣を抜く許可を」
「私の足元にも及ばない雑魚が偉そうに……」
二人が激おこじゃん。
「二人共、今だけはこらえて」
アルスは必死に二人を宥め、バンダナの男の顔を見る。
「それは断言する。この二人には特別なものがある」
バンダナの男は何か感じたものがあったのだろう。
「……出過ぎた真似を致しました。護衛の方たちもすいませんでした」
食い下がることも無く、直ぐに頭を下げ、後ろへ下がっていく。
意外と素直な奴なんだな。
そして、アルスは他に誰も意見を述べる者がいないのを確認し。
「よし、他には誰もいないな? じゃあ、今から説明をしていく」
こうして、アルスは数百人の雇い入れ作業に突入していくのであった。
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