決意と心変わり その3
トーン。
うん?
本当に小さな。気を抜いていたら聞こえなかったであろう小さな音をアルスの耳が捉える。
「二人共……何か音が」
「ほら、ついたよ」
アルスが二人に声をかけた瞬間、ミネルヴァが前方を指さす。
その先には広く木々が切り倒された地形が姿を現し。
「人影?」
その中心にポツンと佇む、一人の影。
凛とした佇まいに、どことなく儚げなオーラを纏う一人の女性。
いや違う、弓を持った一人の少女だ。
「……もしかして」
一瞬、雰囲気だけでは誰だか分からなかったアルスだったが、見覚えのある後ろ姿にある人物が思い当たる。
「弓を持ったらまるで別人に見えるだろう? 私も最初は誰だか分からなかったからね」
その少女は自然と一体になり弓を構える。
周囲を取り巻く、微かな風共に。自然に逆らう事無く、静かに弓を引き、手を放す。
その少女の手から離れた矢は、意志を持っているかのように、ある獲物を追いかけ、凄まじいスピードで飛んでいき。
――スパン。
命中。
矢の先には木から落ちた葉が貫かれて、木にめり込むような形で止まっていた。
「落ちた葉を狙ったんですね」
「短期間でここまで仕上げたのかい。驚くべき上達速度だね」
普段、褒める事をしない二人が、お世辞抜きで称賛している。
前までは頑なに弓を扱う事を拒んでいた少女。
無理に学ばせる気は端から無かったが、心の何処かで弓使いとしての力を期待していた自分もいた。
俺の知る少女……
守られるばかりのニーナはもう既に存在しない。
そこにはアルスの知る少女の姿はなく、何か決意めいた覚悟を持つ、エルフの姿があった。
「……何の用?」
静かに口を開くニーナ。
もしかしてバレてる?
物音一つ立てずに、最小限の声量で会話をしてきたアルス達。
ニーナとアルス達とでは数十メートルの距離があり、耳が良いだけでは済まされない距離。
「こりゃ、バレてるね」
「そうですね」
ミネルヴァとエバンは仕方ないといった感じで茂みから出ていく。
え、ちょっ、二人共。
「ほら、アルスも」
「え……」
ミネルヴァに手を引かれ、アルスも茂みから姿を現す。
どんな顔してニーナに会えばいいんだ。
毎日、顔は合わせて来た。
でも……
手を引かれたまま、ニーナの近くへとやってきたアルス。
ニーナは弓を持ったままじっとこちらを向いたままだし、ミネルヴァとエバンは何も話してくれない。
無言の空気が耐えられないアルス。
こうなりゃもう……
「や、やぁ。今日は天気がいいね」
「……」
声かけは失敗したらしい。
ニーナは無言。そして、ミネルヴァは何言ってんだいと言わんばかりにアルスの顔を見る。
仕方ないじゃないか!
かける言葉が思いつかなかったんだから。
この後はなんて言葉をかければいいんだ。
頑張ってて偉いね? それとも、俺の為にありがとう?
無言でアルスの方を見つめ続けるニーナを相手に、かける言葉を必死に考える。
駄目だ……。言葉が全然思い浮かばな……
「……アルス」
「は、はい!」
ニーナが口を開き、自分の名前を呼ばれたアルスは驚きのあまり、声が裏返りながら返事をする。
「私……強くなる」
強くなる……か。
ニーナが強くなってくれたらどれほど心強いか。
でも、ニーナに無理強いさせるつもりはない。
「ニーナはニーナのままでも……」
「失いたくないの」
ニーナの本心からの想い。
「え?」
きっかけが何であれ、弓という武器から離れていたニーナ。
「私は……皆を失いたくない」
ニーナは内に秘めた感情をポツリポツリと漏らしていく。
「やっと出来た大切な人達……。……それを奪われたくない。もう、あんな思い……いや」
ニーナがこんな事を思っていただなんて……
アルスは襲撃の際の事を思い出す。
あの時の俺の行動に後悔はない。
死なないって思っていたからあの行動を起こしたし、何より、あれが俺の思い描く未来に必要な行動だと思っていたから。
実際、あの行動は正解だった。
俺が身を挺してキルク王子を守らなかったら、あの場で亡くなっていた可能性が高かったからな。
後悔はしていないと考えているアルス。しかし、一つだけ、考えから抜けていたことがあった。
でも、俺はある重要な事が抜けていた。
俺が倒れた時の周りの人達の心情を……
お父様とお母様はとても悲しんでいた。
エバンやミネルヴァさんだって、俺が寝たきりの間、心配していただろう。
でも、皆がアルスが無事でよかった……って言ってくれただけで、俺はもう、この問題が済んだと思っていたんだ。
ニーナがここまで想いを抱え込んでいるとは知らずに。
俺は先ほどまで目を背けていたニーナの表情をちゃんと見る。
……っ!
何て表情をしてるんだ。
その表情はアルスを心の底から心配している表情。
ニーナは自分の為では無く、アルスの為。
こうすれば、アルスに降りかかる危険を減らせる。
自分が弓を使えるようになれば、大きな力になれると思っての行動だったのだ。
あれほど嫌いだった弓の練習。
しかし、大切な人を守る為と思えば、勝手に弓に手が伸びていた。
実際、ニーナはアルスが倒れたその日から皆に内緒で練習を行っていたらしい。
練習が終われば、寝たきりのアルスの元へ。
それは、アルスが元気になり、何の問題も無くなってからも変わらなかった。
もし、アルスがまた襲われたら。
もし、アルスに危険が訪れたら。
その『もし』の為に、ニーナは弓を持つ。
アルスの幸せな未来の為に。
「俺は何をしてるんだ……」
アルスは小さな声で自分を叱るように呟く。
俺は馬鹿だ。大馬鹿だ。
何が最善の行動だ。
何が未来の為だ。
何にも考えてないじゃないか!
自分一人が幸せならいいんじゃない。
仲間たち全員が幸せじゃなくちゃいけないんだ。
アルスは胸に刻む。
最後まで考えろ。
どの行動が一番最善か。
どんな選択が一番、仲間たちにとっていいことなのか。
アルスは決心したかのように、ニーナの目を見つめる
「ニーナ。これからも危険な事が様々あると思う。それでも、俺は前に進まなければならないし、皆の為にも。そして、俺の為にも目の前に立ちはだかる障壁を乗り越えていかなければならない。その為にはニーナの力が必要だ。いつかは人に向けて弓を引かなければならないし、殺める事もあるだろう。それでも、一緒に進んでくれるか?」
アルスは正直に言った。
ここで、言葉を濁すことも出来ただろう。
甘い言葉も言えただろう。
しかし、アルスは将来起こりえる事を包み隠さず話した。
「アルスが私を必要としてくれるなら」
ニーナは既に決心をしていたようだった。
アルスから言葉をかけてもらうその時まで。
ははっ、ニーナには敵わないな。
アルスは、はぁっと小さく息を吐いてから笑みを浮かべる。
もう、守られるだけのニーナじゃない。
戦場で命を預け合う真の仲間になったのだと。
「うん。これからもよろしくね。ニーナ」
「……うん」
狙った獲物は逃さない。
百発百中、一撃必殺の弓使い。
そんな彼女。ニーナ・ハロウェルが弓使いとして第一歩を踏み出した瞬間であった。
名前 :ニーナ・ハロウェル
武力 :61/91
統率 :12/71
剣術 :01/62
槍術 :02/71
騎術 :18/81
弓術 :61/91
盾術 :01/32
体術 :03/79
隠術 :11/85
智力 :37/80
政治 :20/81
魅力 :42/92
忠誠 :95
野望 :36
突破 :0/3
成長 :S
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