スラム街を牛耳る男 その3
「注いできた……どうしたんだ?」
紅茶を入れ終えたラフィールが帰ってくると、すぐに場の暗さを察知し、思うがままに言い放つ。
皆が黙っていた事を……
アルスは表情には出さずに、ムーは余計な事を言うなと言った様子で。
「はははっ。ラフィール。黙っていなさい」
声をかける。
「……なんだよ。本当の事を……」
「ラフィール」
「分かってるよ! 黙ってればいいんだろう!」
注いできた紅茶を全員に配り終えると、不貞腐れた様子で椅子を引き、ドスっと音を立てて座る。
そしてようやく、話が始められる空気になったところでムーが。
「それでアルス様。我々にお話とは?」
「……その前に」
ラフィールに視線を向けるアルス。
アルスの無言の訴えを察したムー。
「あぁ、私としたことが。ラフィール、ちょっと席を外してくれるかい」
「今度は仲間外れかよ! だいたいおっちゃんはいつもいつも……」
「後でいいものを買ってあげよう」
「っ! 肉だぞ?」
「いいだろう」
「うしっ! じゃあ、あいつらのとこ行ってくる!」
さっきまでとは打って変わり、満面の笑みを浮かべながら勢いよく席を立ち、その場を去っていくラフィール。
「ではアルス様。始めましょうか」
「ありがとうございます。エバン、例のものを」
「はい」
エバンは服の内側をゴソゴソと探り,綺麗に折りたたんである一枚の紙を取り出す。
「どうぞ」
「紙……ですね」
エバンから紙を受け取ったムーは開けてもいいかの確認にアルスの顔を見る。
その返事としてアルスはニッコリと笑みを浮かべる。
「では、失礼して」
そうしてムーは小さく折ってあった紙を広げていくとそこには……
「これは……」
紙に書かれていたのは,エルテラを大量生産するにあたっての事業計画書。つまり、アルスがこれから領地で成す事の全容であった。
「なるほど。ここに書かれている通りであれば巨大な事業になりそうですが……これを私に手伝えと。そう言う事でしょうか」
「話が早くて助かります」
ムーは眼鏡を深くかけ、今一度計画書に目を通す。
「エルテラ……という薬草は初めて聞きますが、今は置いておきましょう。他にも煮詰めなければならない内容が数多くありますが、アルス様が私に任せたいのは……働き手を集める。これでしょうか」
計画書に軽く目を通しただけでここまで内容を把握するとは。話だけでもと思って来たのに、運よく優秀な人材に出会えたな。
沸々とアルスの期待が高まっていく。
やる事や解決しなければならない課題が山積みとなっている今、優秀な人材はいくらいても足りないんだ。
空気も読めて、理解も早いし何より、このスラム街を牛耳るほどの実力がある。
ファム・ムー……是非ともうちに欲しい人材だ。
アルスは宝石を見つけたかのように目を輝かせてムーをじっと見る。
「お願いできますか?」
「サーゼル様に受けた恩を返す日を今か今かと待ち望んでいたのです。もちろん、私で良ければ力になります」
え? おじい様?
突然、アルスにとって危機馴染みのある人物の名前が飛び出す。
サーゼル・ゼン・アルザニクス――アルスの祖父。ガイルの父に当たる人物。そして、元王国騎士団総指揮官。
俺のおじい様。サーゼル・ゼン・アルザニクスは元王国騎士団総指揮官(現在は空席)。王国騎士団のトップに君臨していた今を生きる伝説である。
こんな説明をすると恐ろしく顔が怖い、ガチムチの戦士。を思い浮かべると思うだろうが、俺のおじい様全然そんな事はない。というか、凄い優しくて温厚なおじいさんだ。
そんな優しくて温厚なおじい様はたまに領地に顔を見せに来てくれるが、いつも笑みを浮かべ、俺を可愛がってくれる至って普通のおじいちゃんなのだが。
~アルスとガイルの会話~
久しぶりにガイルが領地へ帰ってきた時のこと。
『アルス』
『何でしょうか』
『この世界で一番強いのは誰か考えたことはあるか?』
この世界で一番強い人。そんなものは決まっている。
アーサー・フォン・アルフレッドだ――なんて事は言えず。
『……お父様? でしょうか』
『くっ! お前はなんてかわいい奴なんだ!』
ガイルはキュンとした様子でアルスを抱き上げる。
『い、痛い! 髭が突き刺さってます!』
『あぁ、悪い。ゴホンっ。それで一番強い奴の話なんだが……』
誰だろうか? 意外に興味があるぞ。
赤くなった部分を撫でながら耳を傾けるアルス。
『私の父に間違いない』
え? おじい様が?
アルスは自身が知るサーゼルの顔を思い浮かべる。
いつもニコニコしていて、おばあ様の尻に敷かれまくっている事しか思い出せない。まぁでも、武を誇るアルザニクス家元当主でもあり、高身長でがたいも良かったから、弱くはないんだろうなとは思っていたけど。
アルスが生まれた頃にはもう既に引退していたサーゼル。しかもサーゼル自身が自分の話をするようなタイプではなく、家族もその話をあまりしてこなかった事から、アルスにはサーゼル=優しいおじいちゃんという認識が強く染み込んでいた。
『いつものおじい様を見ているとそんな風には見えないのですが』
『ははっ。アルスも父と一緒に戦場に出たらきっと理解するぞ。だが既に引退の身だし、王国で戦争が起きる事もまずないから、この先ずっと父の強さを目にしないで一生を過ごすんだろうな……』
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なんて事を言われたのを思い出すアルス。
「ありがとうございます。ムーさんが力を貸してくれればきっと、百人力でしょう」
「持ち上げすぎです。ですが、精一杯頑張らせていただきます」
二人はお互いの顔を見た状態で同時に立ち上がり、熱い握手を交わす。
そして、このまま終わりが見えた時。
「あっ、あともう一つ……」
アルスが何かを思い出したと言わんばかりに。
「……それぐらいならお安い御用です」
もう一つ、ムーに約束事を取り付ける。
こうしてアルスはファム・ムーという力強い協力者を手に入れ、戦争攻略へと第一歩を歩き始めたのだった。
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