スラム街を牛耳る男 その2

「お前らは誰だ!?」


 背後から何者かの声が飛ぶ。



「うん?」


 後ろを振り向くアルス。



 子供……か?


 淡い赤髪に背丈は160ぐらい。手には握りこぶしを作り、何やら怒っている様子の少年。



 何か怒らせるような事をしただろうか?


 視線を空へと逸らし、道中を思い返すアルス。


 

 いや、何もしていないな。



「……アルス様。お下がりください」


 エバンがアルスの手前に手を置き、緊急の事態にも対応できるような態勢づくりをする。



 エバンと少年がにらみ合う展開が数十秒続く。



 こうしていても埒が明かないな。ひとまず声でもかけてみるか……



「君は……」


 アルスは目の前にいる少年に声をかけようと口を開いたその時。



「ラフィール! やめなさい!」


 アルスが尋ねようとしていた家から怒気を纏わせた制止声が飛ぶ。



「お、おっちゃん……」



 おっちゃん?


 動揺した様子でビクッと肩を揺らし、弱弱しく呟く少年。



 あの人は……


 アルスは声のした方へと振り向くと、そこには眼鏡をかけた40代に見える男性が立っていた。



「そうやって知らない人を威嚇するのは止めるようあれほど言ったはずだぞ。……この子がご迷惑をおかけして申し訳ございません」


「いえ、別に何かされたわけではないので……」


 その男性は小走りでアルスを追い抜きラフィールと呼んだ少年へと近づくと、無理やりラフィールの頭に手をやり、自分と一緒に頭を下げさせる。



「おっちゃん! 俺はただ、怪しい奴を……」


「いいから頭を下げなさい」


「あの、本当に何もされていないので頭をお上げください」


 アルスは二人へと近づき、頭を上げさせる。



「っ! アルス様! 私の側から離れないでとあれほど言ったのに……」


「大丈夫だエバン。二人共悪い人じゃなさそうだし」


 エバンはビックリしながらアルスへと近寄る。


 そんなアルスとエバンをよそに。



「ありがとうございます。ほら、ラフィールもお礼を」


「何でお礼なんか……」


「ラフィール!」


「……ありがとうございます」



 嫌々ながらも男性に従い謝りながらお礼を言うラフィール。


 こうして、アルスと男性はやっと正面を向き合い。



「それで貴方様……アルス様はこんな所まで一体何の用でいらっしゃったのですか?」



 俺の名前を知っているか。それなら話は早いな。


「ファム・ムーと言う方に会いに」



 そのアルスの言葉に反応を示したものが一人。

 

 

「うん? おっちゃんに何か用なのか?」


「ちょっ、ラフィール」



 ラフィールの一言に男性。いや、ファム。ムーが動揺を示す。



「やっぱり貴方が……」


「……立ち話もなんですし、中へどうぞ」


 ファム・ムーは観念した様子で家にアルス達を招き入れる。




~~~


「中々に立派な家ですね」



 内装は白を基調としており、家具も生活に必要な分だけしか置いていない、アルス好みの空間であった。


「ありがとうございます」



 ムーはリビングと思われる部屋にアルス達を連れていくと、中央に配置されていたテーブルに近づき、自身は左側に。アルス達を右側に誘導し、席に座った。



「そう言えば、よく私の名前をご存じで」


「アルザニクス家の方々には随分昔からお世話になっていますので」


 

 前からお世話になっている? 


 アルスは少し首を傾げる。



 お父様は領地を大事にしているお方だ。もちろん、領民にも凄く気にかけているから、そこで縁があったのだろう。


 これは話が簡単に進みそうな予感。


 アルスは内心、笑みを浮かべながら席に座っていると。



「ラフィール。一番上の棚の奥にある茶葉で紅茶を入れてきてくれ」


 ムーが隣に座るラフィールに声をかける。



「えっあの高い茶葉? いつもは一番下にある安い茶葉しか飲まないのに……」



 高い茶葉? 一体何のことを……


 アルスはキョトンとしながら二人の会話を聞いていると、ラフィールが席を立つ瞬間にボソッと呟いた言葉にムーは突然真顔になり、鋭い視線を向ける。



「い、今すぐ入れてくる!」


 急いだ様子でその場を去るラフィール。


 するとムーはぎこちない笑みを顔に張り付かせながらアルスを見て。



「すいませんアルス様……」


「いえ、正直な子でいいじゃないですか」


 アルスとムーは誤魔化しの笑みを浮かべながら静かに笑い合う。

 

 そんなアルスとムーを交互に見ながらエバンが。


「アルス様に高い茶葉を飲ませようとする姿勢はとてもいいですね」



 ……エバン。少し黙っていてくれ。


 余計な一言をその場に落とし、アルスは手で自身の頭を押さえながらエバンをチラチラと見て無言の圧を与える。



 こうしてアルス達はラフィールが紅茶を入れてくる間。気まずい空気間の中で、どうでもいい話題を出しながら場をしのぐのであった。

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