スラム街を牛耳る男 その1

~翌日~


「エバン。ちょっと付き合ってくれ」


「もちろんです!」


 日課の素振りをしていたエバンに声をかけるアルス。


 エバンは刃が潰された練習用の剣を下ろし、首にかけていたタオルで自身の汗を拭う。


 

 今日も調子が良さそうだな。


 アルスはエバンの鍛え上げられた肉体を服越しに観察し、深く頷く。



 それにしても、初めて出会った時とは比べ物にならないほど成長したな。


 アルスと出会って発揮された恵まれた才能。もし、出会わなければその才能は埋もれ、この世から消え去っていたかもしれない。しかし、今ではその才能を存分に発揮し、この屋敷はおろか、町中見渡してもエバンと一対一で戦って勝てる相手はほぼ存在しない。



 ふふ、この調子で沢山の才能溢れた人材を見つけていこう……


 その為にも、今日はまずスラム街に行って、エルテラづくりの人員を確保しなければ!



 一方、声をかけられたエバンは目に見えて嬉しそうな表情でアルスへと近づこうとした時。



「っ! アルス様。少々お時間をください」


 両手をじっと見つめ、自身の体中をせわしなく見て回るエバン。



「……? 分かった」


 アルスの了承が取れると、物凄い勢いで屋敷へと駆け戻っていく。



 明らかに慌てた様子。何かあったんだろうか?


 エバンの姿が屋敷へと消えていき、少々時間が出来たアルス。



 ……まぁ、そこまで急ぐものでもないし。そう言えば最近、日中にニーナを見ていないような。何をやっているのだろうか。様子でも……


 その待ち時間にニーナの様子でも見に行こうと思い、すぐ近くの庭に移動しようと考えていた時。




「お待ちしました!」


「……」


 眼にもとまらぬ速さでアルスの目の前に参上するエバン。



「さっき屋敷に入って行ったばっかりだったよね?」


「そうですが……もしかして、準備が遅かったでしょうか」


 しょぼんとするエバン。


 

「いやいや、そうじゃなくて」



 あの短い時間で何をしてきたんだ?


 思わず二度見し、エバンをじっくりと見つめる。



 ただ屋敷に戻っただけか? 


 いや、先ほどの動きやすい服装とは違い、従者としての正装に変わっている。それに……


 アルスはクンクンと匂いを嗅ぐ仕草をする。



 いい匂いがする。ほのかに甘い香りだ。


 ちゃっかり、髪型も整えたきた事には気づかないアルスであったが。



 まぁいいか。


 早く行動できるに越したことは無いと考え。



「……じゃあ、いこうか」


「はい!」


 こうしてアルスとエバンは町へと繰り出していくのであった。




~ファンザット、南地区スラム街~


「前来た時とあんまり変わんないな」


 古びた小屋が立ち並び、真っ昼間から酒をあおる老人や、複数人で客を呼び込む娼婦等がアルスの目に映る。



 鼻を刺激する何かが腐ったかのような匂い。それに……


 満足な食事を出来ていないよう見える人々が、モノ欲しそうにアルス達を見る。


 アルスはいつもよりもグレードが低い洋服を身に付け、服装であまり目立たないように事前に心がけてはきたのだが、それでもスラム街の住人にとっては上質な格好をしていた。



「アルス様。私のそばから離れないでください」


「分かってる」


 

 俺一人で歩いていたら今頃身ぐるみ全部奪われて、最悪、奴隷として売られたり殺されたりもする可能性がある。だが、そうなっていないのは、さっきから側で殺気を放っているエバンのお陰だ。


 アルスはいつも以上に警戒しているエバンを見て、小さく笑みを浮かべる。


 

「今日もあの商会へ行くんですか?」


「商会? あぁ、ゼンブルグ商会のことか……今日は別件だ」



 今日俺がここへ来た理由はある人物に会うためだ。


 当初は俺が直接スラム街へ足を運ぼうとは考えていなかった。


 むしろ、エバンか誰かにスラム街の住民(若い人たち)を適当に連れてきてもらおうかと考えていたのだが、別件でセバスと話をしていた時。



『アルス様。もし、スラム街に関わる事で何か事業を考えておいででしたら、スラム街を牛耳っている男。ファム・ムーに一度お会いになった方がいいです』


 とセバスのありがたい忠告を受けたため、俺自ら足を運ぶ事となったのだ。


 ってか、何でセバスは俺が事業を始めるって知ってたんだろうな。あの時はどうも思っていなかったが、今になって驚きの感情が込み上げてきた。


 まぁ、でも。セバスなら大丈夫か。


 だが、セバスに対する信頼の高さから不要な心配かと勝手に納得する。



 そんなこんなでアルスは目的地へと到着する。



「セバスの話だとここがファム・ムーという男が拠点にしているアジトなはずなのだが……」


 目の前にはそびえるのはスラム街の建物としては不釣り合いなほど、大きく綺麗な家。



 こんな場所に本当に住んでいるのか?


 勝手に、無頼漢の様な風貌の男たちが集まる、一種の無法地帯の屋敷を想像していたのだが。



「私が声をかけてきます」


「俺もいこう」


 エバンを先頭にファム・ムーがいるとされる家へ訪問しようとしたその時。

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