久しぶりの領地 その3

~屋敷、アルスの自室~


 バタン


「ようやく落ち着ける……」


 アルスは自室の扉を閉め、机の近くにある椅子に向かうと、ゆっくりと腰を落ち着け、息を吐くように呟く。



 屋敷に帰ってきてからというもの。ミネルヴァさんやニーナ。キルク王子の部屋紹介をはじめ、色々と仕事をこなした後に、皆と少し雑談を……と思い、話し込んでいたら、いつの間にか日も暮れる時間となっていた。


 

 力を抜いてグニャグニャっと椅子に体を預けるという、貴族と思えない格好で自室にかけてある時計を見るアルス。



 夕食まで、まだ時間があるな。


 ダイニングルームに向かうにはまだ、時間が早いと考えたアルスは、よいしょっ。といった効果音を自分で言いながら姿勢を整えると、机に備え付けられている紙とペンを引き出しから取り出す。



 これからやるべき事をもう一度確認し直すか。


 こうしてアルスは考えていた事を具体的にする為、紙に走り書いていく。



 まずはそうだな。領地に着いてからやろうとしていた事。



 それは……資金源の拡大。


 前にも話したと思うが、戦争中はいくら資金があっても足りないものだ。


 湯水のように資金が消えていくし、事あるごとに金が必要となる。



 アルスはグレシアスを思い出し、苦笑いする。


 ともかく、資金を溜める手段を早めに確定しなければならない。



 だが、残念なことに今の俺には資金源がこれといって存在しない。



 その為、俺は資金源を確保するという事から行動を起こさなければならないのだ。



 もちろん、資金源の当ては複数ある。


 どれもこれも、戦争前に有効な資金確保手段ではあるが、一番手っ取り早く、効率的に金を稼げるのは……



 アルスは深い笑みを浮かべる。


「エルテラ金策……」



 エルテラ金策だ。



 皆は覚えているだろうか。俺が王都にいる際にゼルフィー商会という、市民向けの商会に足を運んだ時の事を。



 そこで俺は商会の主、オルトスに大量のエルテラを注文した。


 その額、約聖金貨3枚。



 普通に考えて、周りからは馬鹿だなと思われるだろう。


 エルテラは薬草の中でも一番グレードが低く、かつこの世界であまり聞き馴染みのない物だ。そんなのを聖金貨3枚分も買うなんて、普通の人からしたら異常であり、頭がおかしい行動と捉えられても仕方ない。



 そう。普通の人からしたら……だ。


 皆の知っての通り、俺は普通の人じゃない。


 前世、グレシアスをやり込んでいた廃人であり、この世界に転生したプレイヤー。


 そのプレイヤーである俺からしたら、戦争前のエルテラは聖金貨3枚以上の価値を持つ、宝石にも勝る薬草だ。



 ここからは具体的な話をしよう。


 これから俺は戦争が始まるまでに、エルテラを大量に生産し、売りに出す機会を探る。


 これは薬草の需要が爆上りする、戦争開始直前がいいだろう。まぁ、何か問題があり、予定が前後する事もあるが……


 だが、それまでにエルテラを大量生産する下準備が必要だという事は変わりない。



 ここでアルスはペンを机に置く。


 そして、またもや机の引き出しから何かを取り出す。



 これは地図だ。それも、アルザニクス家が持つ領地内にある、ファンザットと呼ばれる町。そう、今俺が住んでいる屋敷があるのもファンザットだ。


 その町の全体図。



 今俺が住んでいる屋敷があるのはこの地図で言うと、一番上の部分。アルザニクス家が持つ敷地をこの地図の大きさで表すと、5分の1を占めるほどに大きいだろう。



 その下に広がるのがファンザットと呼ばれる、王国内を見ても10本の指に入るほどに大きい町。


 この町は周りを広大な森が覆っており、近くに小さな湖が数個あるだけで川や海には全く面していない。


 しかし、その広大な森があるお陰で、食料には恵まれ、更に町の西の方には畑などの農業地区が広がり、東にはモノづくりが盛んに行われている工業地区。中央には市民が暮らす、市民街。南の方には移民や貧困者などの者達が身を寄せ合って暮らす、治安が悪いスラム街が存在する。


 

 ここで話は戻るが、エルテラを大量生産するにはどうしても生産者が必要。それも、大量に。


 エルテラを生産するのに俺とエバン等を合わせて数人位じゃ、大量生産なんて夢のまた夢。


 そうなると、俺が雇用者となり、人を雇って生産を始めるという事で一件落着かと思いきや、一般の人達を大量に雇うとなると、それなりの賃金を支払う義務が雇用者にも発生してくる。



 そこで俺はどうにか支出を減らし、収入を増やそうと考えに考えた結果。



「そうだ! お金に困っている人たちを雇えばいい!」


 スラム街に住む、お金に困っている者達を安いお金で雇う。という方法を考え付いたのだった。



 おっと、勘違いしないでくれよ。


 安いお金で雇うなんて言ったが、スラム街に住む住人のほとんどが市民街に住む人達の賃金の約10分の1以下で働かされているというのがこの町の現状。いや、この世界の現状だ。


 それを俺は衣食住を提供し、一定の賃金を払う事を約束し、働いてもらおうと考えたんだ。



 どうだ? いい考えだろう?


 俺もエルテラが大量に生産出来て嬉しいし、働く者も明日の事を心配しなくても良くなる。


 つまり、Win-Winの関係。



 もちろん、何か要望があれば、その都度話を聞いて、契約に盛り込んでいくつもりだ。



 アルスはひとしきり、考え事を紙に書きまとめると、ふぅっと疲れを感じさせる息を吐きだし、ペンを机に置く。



 そんな訳で明日から働く者達を選定……じゃなかった。働いていただける従業員を探すべく、行動しようと思っている。


 あとは、ステータスが高い者探しも並行してだな。


 こうしてアルスは一通りやることを終わらすと、明日に備えていち早く眠りにつくのであった。

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