工事開始 その1
屋敷に戻ってきたアルスはまたすぐに別の準備をして、屋敷近くのとある土地へとやってきていた。
「ここが……」
見渡す限り森の中で不自然に木が切り倒された土地。
こんな何もない土地が1ヶ月かからずにこんな場所になるのか?
そしてアルスの手には何やら色々と書き込まれた紙があり、その紙と何もない土地とを交互に見比べる。
「アルス様。準備が整いました」
そんな時、横からエバンの声がアルスの耳に入る。
「よし。じゃあ、始めるか」
アルスは声を張り上げ、後ろをへと振り向き、目の前に広がる光景を確認する。
アルスの眼前に広がるのは人、人、人……人ばかり。しかも皆、一様に動きやすそうな作業着を着ているではないか。
そして脇には建築材と思わしき木材等の材料がちらほら。
「ようやく前へ進めるな」
興奮を抑えられない様子のアルス。
それもその筈。今日はアルスにとって今後の命運が分かれると言っても過言ではない重要な一日。
エルテラ大量生産に向けての第一歩の日なのだ。
作業員が手を止めて注目する中、アルスは臨時で用意された高台に足を踏み入れる。
最初が肝心だ……
一歩一歩慎重に階段を上っていき、最上段まで登り終えると、アルザニクス家次期当主として遜色のない、威厳ある顔つきで皆を見下ろす。
ゴクッ……
誰かが息を呑む。
空気が張り詰め、誰一人会話をしない空間の中、アルスが口を開く。
「皆、楽にして聞いて欲しい……」
第一声は子供らしからぬ、落ち着いた一言であった。
口には出さないが、皆がこう思っただろう
これが……齢10歳の話す言葉か?
聞いていてスラスラ耳に入ってくる声に加え、強弱を巧みに操り、人の心を鷲掴みにするカリスマ力。
こんな10歳がいてたまるかと思うと同時に、当分の間、アルザニクス家は安泰だなと皆が口を揃えて言うだろう。
「――怪我のないよう、仕事に励んでくれ。以上だ」
そんな見事な鼓舞演説をしてのけたアルス。
そうして静まり返った場を振り返ることなく、高台から降りていく。
……パチ……パチパチ。パチパチパチパチ!
誰からともなく拍手が始まり。
「「「アルザニクス家万歳!」」」
アルザニクス家コールが沸き起こる。
「ふぅー」
高台裏に移動したアルスは人目につかない場所を選び、一人、息を吐く。
うわー。緊張した……
あんな大勢の前で話したのはいつぶりだろう。高校生時、以来じゃないか?
アルスは無理やりやらされた文化祭のスピーチを思い出し、苦笑する。
そんなアルスは内心、心臓がバクバクいっていたのを押し殺し、完璧な演説をしてのけた。
一言一言、丁寧に丁寧に。視線は作業員へと向け、重みのある言葉をスラスラと。
数日前に演説の原稿を作り上げ、セバスやお母様に何度もおかしな点が無いかを聞き。今日この日まで一日たりとも欠かさず、演説の練習を密かに重ねてきたかいがあったな。
意外にも、アルスは心配性。これは前世からの事で、転生してもこれだけは治らなかったらしい。
こうして今日一の難所を乗り越え、これからの事を考える。
これからはたまに顔を見せて命令を与えればいいだけ。
まぁ、命令と言っても、大体は紙で事前にどんな風に仕上げていくかは伝わっているから、顔を見せて皆に期待しているよって事を態度で示し、作業員の士気を高めようっていう意味合いの方が強いけどな。
作業員たちはもう既に作業に取り掛かり始めたようで、アルスの言葉を受けた者達は異様な張り切りを見せて、工事に着手していく。
これで今日の予定は終わりか。
この工事の最初の工程でさえ1週間はかかる予定だし、働き手の寮の建設も合わせたら最低でも3週間以上はかかるだろう。
ちゃっかり、工事の費用は全額ガイルが払う手筈となっているこの事業。
もちろん、当初はアルスが払おうと考えていたのだが、活用していない土地を使ってくれるだけでもありがたいという事で何故かガイルが資金を用意してくれていた。
お父様には頭どころか、もう何も上がらない。お父様、ありがとうございます。
心の中でお礼を言うアルス。
「アルス様。お疲れ様でした」
そこへ、セバスが訪れる。
「セバスもお疲れ様。お陰で進行がスムーズにいったよ」
「それは何よりです。この通りの手筈で進めておきますので、アルス様はどうかお屋敷でお休みください」
事業書を手に、頭を下げるセバス。
資金面ではガイルに助けられ、事業の進行面ではセバスに大いに助けられているアルス。
「あぁ、セバスも無理をしないように」
ニコッと笑みを浮かべ、その場を後にしていくセバス。
本当にセバスにも助けられた。
前世では事業を立ち上げるという経験をしてこなかった為、手探り状態でスタートしたエルテラ生産の土台作り。
ゲームでは事業の工程が簡略化され、誰にでも簡単に大規模でエルテラを生産できたのだったが、現実は甘くなく、工事に必要な人員。工材の準備や工程の確立等、様々な事を想定して物事を進めていかなければならなかった。
これでは到底、戦争に間に合わないと思われた矢先、セバスが手を貸してくれて早く物事が進んだ。しかも、率先して色々と動いてくれ、今ではほとんどセバス一人でやってくれいる始末。
「……これじゃあ、俺の立つ瀬がない」
一人その場で佇み、呟くアルス。
「そんな事はありません!」
「うわっ! え、エバン!? いつの間に?」
「先ほどからずっとアルス様の背後にいましたよ」
いないと思っていた人物の声がして驚くアルス。
さっき後ろを見たら誰もいなかったのに……
最近、密かにセバスの隠密行動を習得し始めているエバン。
セバス二代目にでもなったら……怖いけど便利そうだな。
意外に悪くないと考え始める。
いや、駄目だ! 今のままのエバンが一番。
首を大きく左右に振り、雑念を払うと。
「ここにはもう用はない。屋敷に戻ろうか」
「今すぐ馬車の準備をします」
今日の予定を終わらせたアルスはこのまま屋敷へと帰還するのであった。
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