家族の絆 その1

 アルスが真実を語る間、二人は頷きも交えて真剣に静聴する。


 そして話が終わると二人は押し黙り、アルスは心配そうに見つめるのであった。



 ……お父様たちの顔が直視できない。


 物音一つ聞こえない空間で、黙り続ける二人の顔を見ないように、中間を見続けていたアルスであったが、その空気に耐え切れず、視線を下に落とし、じっと待ち続ける。


 

 ……俺はこれからどうなるんだろうか。


 お父様とお母様に真実を話したことに後悔はない。


 むしろ、やっと真実を話せた事に嬉しさまで感じている。



 これまではお父様たちと顔を合わせるたびに、自分が隠している事が脳裏をちらつき、心がとても苦しかったからな。


 だが……



 アルスは二人の足元まで視線を上げる。



 やぱっり駄目だ。二人の顔を見られない。


 何かに視線が縛り付けられるように、それ以上、上を見ることが出来ないアルス。



 心がざわめき、体中が何者かを拒絶するかのような、前世で何度も味わったこの感覚。


 ……俺は今、二人の返事を聞くのが猛烈に怖い。



 自分たちが愛情を込めて育ててきた10歳の子供から、自分は転生者であり、これから先、どの様な事が起こるかを知っている。なんて事を言われたらどう思うだろう。



 少なからず、動揺はするだろう。もしかしたら、今までのようにはいかないかもしれない。最悪、今まで築き上げてきた関係が真っ新な白紙に変わってしまう可能性だってゼロではない。




 ガイルとサラから視線を外して約数十秒。


 その間にアルスは、自分が考えられる最悪なパターンを何個も想定した。



 ……どうしよう。


 考える事に、嫌な考えが次々と襲ってくる。



 小さく手が震え、視線がままならない。



 やっぱりこの話をしなければ良かった……


 先ほどまでとは打って変わり、自分の真実を打ち明けた事は失敗だったのかも知れない。


 この話をしなければ今まで通り、二人と幸せに過ごせたのではないかと、弱気になり始めるアルス。



 くそっ。真実を話す前に戻りた……



「「アルス」」



 ビクッ!


「は、はい!」


 ガイル達が呼ぶ声に反射的に反応し、アルスは考える事を即中止する。


 そして、親と話す時には普段から目と目を合わせてしていた為、いつもの癖で二人に目を合わせてしまう。



 あっ……


 アルスは小さく口を開け、衝撃を受けたかのように固まる。



 な、何故……


 アルスの目は、二人の顔の表情に釘付けになる。



 何でそんな優しい顔で俺を見つめてるんだ。




 アルスは想像もしていなかった。


 自分に向けられるのは負の感情。今までの関係ではいられなくなると覚悟していた。



 それなのに……


 二人がアルスへと向けていたのは負の感情などではなかった。


 むしろその逆。二人は優し気な笑みを浮かべながら、ガイルは良く話してくれたと言った感情を。サラは一人で抱え込まないでと言った感情を体全体から発していた。



 アルスはその感情を目の当たりにし、顔をクシャッと辛そうに歪める。



 違う。そうじゃない。



 自分がしてきた事は単なる裏切り。しかも、隠してきた内容が、到底受け入れられるものではないとアルスは考えていた。だからアルスは悩んだし、打ち明ける直前まで葛藤していたのだ。


 しかし、二人が出した答えはアルスとは全く逆のもの。


 

「どうしてそんな顔をしているんですか……」


 アルスの口から不思議と言葉が漏れ出す。



「10年もの間、お父様とお母様に真実を語らず、本来自分が受けるはずではなかったモノを沢山もらい続けました。返しきれないほどの恩を沢山受けました。それなのに私が今までしてきた事は、二人に対する裏切りと言ってもいいもの……」


 自分に対する怒りが湧き上がる。



「軽蔑されたって……親子の縁を切られたっておかしくない。それなのにどうして……」


 もしかしたら、アルスは心の何処かで怒って欲しかったのかもしれない。そうすれば、少しは慰めになり、勝手に許された気になっていたかもしれなかったから。


 だが、二人が選択したのは全く想定していなかったモノ。



「アルス」


 ガイルが口を開く。



「人は誰しも、隠し事の一つや二つあるものだ。それが親子の間柄だったとしてもな。それに、アルスは私達の本当の子供では無いと言ったがな。10年前、私達の元に生まれてきてくれたのは紛れもない……アルス。お前自身なんだ。だから、そんな悲しい事を言うな。……それかなんだ? 俺達の元に来たのは嫌だったか?」


 ガイルはアルスを諭すように、思いを込めて話をする。



「そんな事は!」


 すると、アルスは咄嗟に否定する。



「……それだったらいいの。私達は貴方の親よ? 子供の幸せが親の幸せ。アルスの幸せが私達の幸せなの。だから、もう一人で抱え込まないで?」




 どうしてそこまで優しくしてくれる。



「私達はいついかなる時でも貴方の味方よ」




 どうして貴方たちはそこまで優しい?



「そうだぞ。些細な事でもいい。なんでも相談しろ」




 どうして……貴方たちがそんな辛そうな顔をしているんだ。


 

 ポタッ。ポタッ。



 アルスの目から涙が零れる。



 な、何だ? 涙が、涙が止まらない。


 アルスは手で涙を拭うが、あふれ出す量が多く、行動が間に合わない。



「ははっ。ちょっと待ってください。ごみが目に入ってしまって……」


 すると、サラが静かに立ち上がり……

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