目覚めの時 その3

 それからというもの、ガイルとサラはアルスを怒ることも無く、ただただ無事に帰ってきてくれた事に安堵し、胸を撫で下ろした様子で再会を楽しむ。



「もう、体は大丈夫なのか?」


「……手も動きますし、違和感もあまりありません」


「それは良かったわ」


 アルスを心配しながらも、深くは聞いてこない二人。


 

 何故聞いてこないのだろう……


 どうしてあの場に引き返してきたのか。何故キルクを守っていたのか。それ以外にも聞くことが山ほどあるのに、一向に聞いてこない二人。



 ……本当に気になっていないのか?


 普通なら聞かれてもおかしくない状況に困惑を見せる。



「お父様。お母様……」


「どうしたんだ?」「どうしたの?」



 アルスの表情で何かあると考えた二人。


 サラが機転を利かせ、ミネルヴァにそっと目配せする。



「……エバン。ニーナ。ちょっと私に付き合いな」


「え? 私はアルス様の元に……」


「いいから」


 強引に連れていかれるエバンと、静かに二人の後を追うニーナ。



 三人が部屋から出ていくと、辺りがシーンと静まり返る。



「……詳しく聞かないのですか?」


 アルスが切羽詰まった様子で話す。



「何をだ?」


 ガイルは腕を組みながらアルスへと聞く。



「それは……その……」


 自分の口から話すのは気が引け、言葉を濁す。


 そんなアルスに助け舟を出すように。


「……アルスは利口な子ですもの。きっと理由があったのでしょ?」


 サラが優し気な笑みで答える。



 違う……


 そうじゃない。


 アルスは胸の中で言う。



 お父様とお母様はいつも何かあっても深くは聞いてこなかった。


 10歳の子供にしてはあり得ない知性に、おかしい行動。その他にも普通なら考えられない事を色々やってきた自覚がある。


 それに、俺もそこまで鈍感ではない。今回の出来事で二人は確信した。それかもっと前から思っていたのではないだろうか。


 俺には……アルスには何か裏があるのではないかと。


 

 アルスはじっとこちらの見つめる二人を見る。


 お父様は王国騎士団2番隊、隊長でもある凄いお方だ。数回、お父様の戦闘するところを見たが、強者にふさわしい力を持っていた。


 お母様はアルザニクス家の領地の内政の最終決定権を担ってきた、お父様の裏方的存在。お母様がいなければこの領地は上手く回っていなかったと断言できるほどに、その功績は大きい。



 そんな凄い人たちの元に俺は生まれてきたんだ。


 昔の両親とは違い、愛も与えてくれた。好きな事を好きなだけやらしてくれて、色々な事に挑戦もさせてもらった。


 この二人の元に生まれて来なかったら、ここまで順調に事を運ぶことはおろか、もうすでに死んでしまっていた可能性だってある。



 アルスは胸に手を当てる。



 二人には話すべきだ。


 アルスは前々から考えていた事を蘇らす。


 

 俺の真実。


 アルスの真実。つまり、この世界に転生してきたという衝撃の事実を。



 本当はエバン達にではなく、最初はお父様たちに打ち明けようと思っていた。


 だが、俺たち三人が揃う事自体、滅多になく。もしあったとしても、その日は誰かが予定があり、重い話を打ち明ける機会が中々訪れなかった。



 ……こんなの言い訳だ。


 違うだろ……俺。


 アルスは自分に嫌気がさす。



 ……本当は怖かったんだ。



 前世はクソみたいに冷え切っていた家族関係。だが、今はそれと比較にならないほど恵まれた環境に置かれている。


 いつでも気に掛けてくれる。何かあればすぐに心配してくれる。そして、なにもなかった俺に愛情を注いでくれる。



 こんな家族、俺からしたら夢物語だったんだ。


 眠る時に何度も思った。今寝てしまったらこの夢から覚めてしまうのではないか。またあのクソみたいな人生に逆戻りするのではないか……と。



 こんなにも心が弱い俺だ。


 だから、本当の事を打ち明けると二人に捨てられるのではないか。前と同じように接してくれなくなってしまうのではないか。という、ネガティブな考えが胸の中でグルグルと渦巻き、心配の種が時間を置くごとに段々と大きくなっていった。



 また今度でいいや。まだ大丈夫。


 次に、次に、次に……


 打ち明ける機会があったのにも関わらず、その機会を自分から徐々に引き延ばしていったんだ。



 自分の奥底に眠る、嫌な自分の気持ちに触れると。その事を考えると震えが起こり、気持ち悪さが込み上げてくるアルス。


 うぅ……



「おいアルス! 大丈夫か?」「無理に言わなくていいのよ? そうだ。軽くお茶でも……」


 アルスを心配し、違う事に気を向かせようとするガイルとサラであったが。



 ここで逃げてどうする俺!



「お父様。お母様」


「「っ!」」


 アルスが纏う空気が変わる。



 今の弱い自分を越えなくちゃ、これから先、生き残っていくことすら厳しいだろう。



「……聞いてください。私がこれまで隠してきた真実。二人に黙っていた事実を」



 それに、二人は私に嘘偽りなく接してくれていた。


 なら俺も……



 こうしてアルスは語るのであった。自分が転生者だという事を。


 そして……もうすぐ起こるであろう、戦争についてを。

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