家族の絆 その2

 サラが静かに立ち上がる。



「へ、変だな……全然取れな……っ!」


 涙を拭うアルスに近寄り、強く抱きしめる。


 

 その行動にアルスは驚き、動きを止めると……



 ガバッ!


 更に二人を包み込む、大きな存在がアルスとサラの二人を抱きしめる。



「今は泣きなさい」


 サラが呟く。



「貴方はアルザニクス家の長男。いずれはこの家を継ぐことになる。そうすれば、泣く事も許されない状況が沢山訪れるわ。でもね、貴方はまだ子供。前世がどうであろうと、今は私達の大切な存在なの。だから、今は泣いて、これからの糧としなさい」


 アルスは知った気になっていた。親子の愛情。そして、その間に繋がれた深い絆というモノを。


 アルスは学んだ気でいた。家族というモノはどういう存在なのかを。



 しかし、本当はまだ分かっていなかった家族という存在。


 その存在があるだけでどれだけ心強く、困難を乗り越える力にも変わるという事を。



 だが、アルスはほんの少し理解した。



 あぁ。これが家族……か。



 前世では家族に恵まれなかったからこその遅い理解。常日頃から、家族との幸せを享受している者からは馬鹿馬鹿しいと笑われるかもしれない。


 だからどうした。と、言われるかもしれない。


 それでもアルスは構わないと思った。



 自分のスピードで。ゆっくりとでもいい、もっと家族の事を知っていこう。もっと自分から歩み寄っていこう。


 他人にどういわれようととも。



「うっ、グスッ」


 こうして3人はアルスが泣き止むまでの間、そのままの状態で過ごしたのであった。




~~~


「……ご心配おかけしました」


 アルスは泣いて赤くなった目を恥ずかしそうに隠しながら、二人に声をかける。



「ふふっ、なんだか初めてアルスの子供っぽい姿を見た気がするわ」


「いつもは私たち以上にしっかりしているからな」



 二人とも俺の違和感には気づいていたらしい。それでも、俺の口から本題を持ち出すまでは何も言わないと決めていたそうだ。



 あぁ、また涙が出てきそうだ……


 今日、何度目か分からない、親の偉大さに感激し、涙が勝手にあふれ出してくるアルス。


 

「もう一度抱きしめてあげましょうか?」


 するとサラはまた泣き出しそうになっているアルスを見て、笑みを浮かべながら手を広げる。



「い、いえ。大丈夫です!」


 アルスは慌てながら断る。



 それからアルス達は少しの談笑を挟むと、ガイルがこれから起こるであろう悲劇。王都戦争についての話を切り出した。



「話は変わるが、アルスが話してくれた戦争の件。まだ、全てを信用した訳ではないが、貴族たちの間で密かに囁かれていた事と繋がるモノが多々あった。それでだが、3人で領地に戻り、色々と準備をしようと言う話だが……やはり私は王都に残ろうと思う」


 色々と考えたのだろう。しかし、ガイルが出した答えはアルスの考えと少し違っていた。



「だ、駄目です! 何が起こるか分からない今、もし、お父様の身に何かあっては……」



 やっと分かってきたんだ。お父様の事。お母様の事を。それなのに、俺と離れ離れで生活する事になったら、もしという場合に駆け付けられない。



「すまんな。これでも私は王国騎士団2番隊、隊長を授かっている身。団員をおいて一人だけ領地に帰る事はできん。それに、王国内の情報が一番集まりやすい王都にも、信頼できる味方が残っていた方が良いとは思わないか」


 

 ……いや、分かってはいるんだ。お父様が好きにここから離れられないという事も。


 俺が言っている事はただの我儘。



 アルスはガイルの身と、他諸々を天秤にかける。


「……分かりました。ですが、もし何かあった場合、お父様の身を一番に思って行動してください」


「大丈夫だ。そこらの輩には負ける事は……」


「いいですね! 絶対ですよ!」


「……分かった」


 有無を言わせないアルスの圧。それにガイルは押されたように渋々返事をする。



「アルス。貴方の体の状態次第ですが、早ければ明後日にでもここを出たいと思います。いいですね?」


「分かりました。……あと、一つだけ確認したいことが」


 アルスがそう言うと、サラとガイルは頷く。



「キルク王子は今、何処にいるのでしょうか?」



 キルク王子。俺が意識を失う前に、アルザニクス家に保護されてくれとお願いした後、どうなったかはまだ知らない。


 どうか、保護されていてくれ……


 アルスは祈るようにガイルへと目を向ける。



「キルク王子ならちゃんと保護しているぞ」


「そうですか!」


 アルスは食い気味に返事をすると、ホッと息を吐く。



 もし、キルク王子が王宮に帰されていたらと心配していたが、まずは安心した。


 でもまだ、最後の問題が残っている。



「それでキルク王子についてなのですが……。一緒に領地の屋敷に連れて行ってもいいでしょうか」


 それはキルク王子をアルザニクス家領地の屋敷へと連れていけるか問題。


 キルク王子に未来の全てがかかっている今、自分の近くに居てもらわないと、もし何かあった時に守る事が出来ないと考えていたアルス。


 

 もし駄目だとしてもあの方法やこんな方法で、無理やり連れて……


「いいぞ」


「え?」


「だから、いいって言ったんだ」


 ガイルはアルスの驚いた顔を見て、苦笑しながら返事をする。



 自分で言っておいてなんだが、キルク王子を領地に連れていくという事は他の貴族の反感を受けかねない行動。もちろん、他の王子にさえいい目で見られないだろう。



「……自分で提案しておいてこんな事を言うのはおかしい話ですが……後が大変ですよ?」


「もちろん分かっている」


 ガイルは自身の胸を力強くたたき、任せろと言わんばかりに声を上げる。



「それも含め、私は王都に残る決断をしたんだ」


 

 本当にお父様には頭が上らないな。


「お父様。本当にありがとうございます……」



 アルスとガイルを微笑ましく見ていたサラは、アルスへと近づき、頭を撫でるとその部屋を後にする。



 サラが部屋から去り、少しして、ガイルがアルスへと体の向きを調整する。



「ゴホン」


 そして、わざとらしく咳をして。



「サラにはもう話したんだが、私が領地を留守にする間。一番信頼できる人に指揮権を渡しておくことにした。……それでなんだが」


 言いづらそうに話し始める。



 お父様がもじもじしている。これは……何か俺に気を使ってか。



「言いづらい事でも何でも話してください」


 アルスは気を遣うなと遠回しに言う。



「そうだな。まどろっこしい事は抜きにして正直に言おう。このアルスの話をその人にしてもいいだろうか?」



 突然のカミングアウトにアルスは驚く。


「えっ? この話をですか?」 


 咄嗟に駄目だと口走りそうになったアルス。



 ……お父様も私の事情は十分、分かっているだろう。それでもこの話をすると考えたのには何か深い訳がありそうだ。



「……訳を聞きたいです」



 アルスが自分の話をしたのは本当に信頼できる者、数人だけ。それに、自分がこの人なら信頼できると思った者以外には絶対に話はしないと決めていた。



「もちろん、アルスの考えも分かっている。色々な人に話すと、いつ何処から情報が漏れるか分からないからな。それでも、この人には話しておいた方が良い。それに、この人なら絶対に大丈夫だ。名は――」


 

 ガイルが話した人の名に衝撃を受けるアルス。



 ――って……あの。


「っ! もう、随分前に引退したあの人ですか!」



 王国の有名人でもある、ある人物。その名を聞いた瞬間、ガイルが言わんとする事に納得し、すぐに了承する。



 こうして2日後、アルスとサラ。そして、キルク王子やエバン。ミネルヴァやニーナ等は王都の屋敷を後にしたのだった。

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