絶対絶命:エバン視点 その3

 なんだ……これは……


 少し遅れてガイルの後を追う、エバンの視界に映ったモノ。


 それは……



 どうしてこんなに人が倒れ込んでいるんだ……?


 既に動かない者。バッサリと切られた部位を抑え、痛みにのた打ち回っている者……等など。

 

 まだ新鮮だと思われる真っ赤な液体をそこら中にまき散らしながら、阿鼻叫喚を奏でている者達がそこにいた。



 見た限り、倒れているのは襲撃者ばかり。


 その場を駆け抜けながら、流し目で倒れている者達を確認する。



 全てが一太刀で終わっている。それも、尋常じゃない速さで。


 襲撃者たちの欠損部位を見ると、どれも綺麗な断面を見せていた。恐らく、抵抗すらできなかったのだろう。



「これも全てガイル様が……」


 自分とは程遠い存在。


 本当にこの男を……ガイル様を抜き去る日が来るのだろうか……


 そんな考えをした時、ふと、アルスに言われた言葉が蘇る。



『エバン……君は絶対に強くなる。お父様よりもだ!』



 ……そうだ。アルス様が自身の名に誓ったんだ。いつかは抜き去ることが出来る……いや、誓われた事を現実にする為にも、いつかは抜き去ってみせる。


 こうして、エバンはやる気を漲らせ、今の自分が出せる最高のスピードを維持しながら会場を駆けていくのだった。




「あ、あれは……」


 前方に二つの影。


 一人は……ガイル様。もう一人は……


 カキィン!


「ぐはっ!」


 エバンが追いついた頃には二人の決着がつき、肩を大きく上下に動かすガイルがいた。


「くそっ、時間をかけすぎた」


 言葉を吐き捨て、またも走り出すガイル。


 既にガイルの服もボロボロで、所々血が滴っているほどに負傷していた。


 

 ……私は馬鹿だ。


 ここまで続いていた光景を思い出しながら、ある事を見落としていた事に気が付く。



 ガイル様はただ、一太刀で敵を葬り去ってきたのではない。相手の攻撃を避けることなくここまで、トップスピードで駆けてきたのだ。


 エバンの考えは正しく、ガイルはこれまで防御を一切ガン無視し、速さだけを追求してここまで駆けてきていた。


 他でもない。アルスの為に。


 すぐ目の前で走るガイルを視界に捉えながら、後ろに付くエバン。



 いつの間にか私と同じスピードに。だいぶ、体力を消耗しているのだろう。


 そうして、二人は無言で走り続ける事、数十秒余り。


 その間、敵に会う事は無く、悲鳴を上げる体を無理やり動かしながら道を進んでいくと……





 あの影は!


「エバン!」


 余裕がないガイルの声。


「はい!」


 エバンもとうの昔に限界が来ている。



 しかし、その二人を動かすのはある人物の存在。


「アルス様!」


 駄目だ! 聞こえていない!


 

 二人の視線の先には、キルクを抱えながらこちらへと走るアルスの姿。



 あの様子だと、アルス様はもう限界なはず。


 アルスは左右にフラフラと揺れながらも走る足を止めずにいる。


 

「後ろから敵が来てる! あいつらよりも早く追いつくぞ!」


 アルスの後ろに迫る敵を見つけたガイルは、必死の形相で鼓舞する。



 早く……、早く!


 酷使に次ぐ酷使により、思うように動かない体。


 早く助けに入りたいという気持ちだけではどうにもならない。



 あ、危ない!


 突然、大きくふらつき、真横に倒れそうになるアルス。


 しかし、咄嗟に足に力を入れ、転倒を回避した。



 時間が無い!


 焦りを見せるエバン。


 着実に距離は縮まっている。だがしかし、あと十数秒もすればアルスは敵に捕まってしまうだろう。


 アルスが走るのを止めても終わり。エバンとガイルがスピードを緩めても終わり。


 まさに、この十数秒がアルス達と命運の分かれ道でもあった。



 あと少し……


 あともう少し……


 時間がゆっくりと進む感覚に陥るエバン。


 

 大丈夫。間に合う。



 両者の距離、およそ20メートル。



 既にガイルとエバンの視界にはアルス以外、映っていない。


 そんな時、アルスは大きく態勢を崩した。


 しかし、倒れ込む寸前。


「エバン! お父様ー!」


 大きく息を吸い、最後の力を振り絞って叫んだ。



 聞こえています! 


 待っていてください!


 心の中で大きく返事をするエバン。



 残り、10メートル。



 既にアルスは倒れ込み、守られるはずのキルクが逆にアルスを守るように覆いかぶさっていた。



 あそこまで自身を追い込んで……


 何がアルス様をそう、突き動かしたのだろう。やはり、家族の存在だろうか……


 それとも、大事な存在。もし、そうだとしたら自分もその大事な存在の中に入っていれば嬉しいな。


 一秒を争う時に何を考えているのだろうと自分でも思う。だが、こんな時でもアルス様を思う気持ちは負けていない。と自分の中で考えるだけで活力がみなぎる。



 残り、5メートル。



 このままだと、敵の一撃が先にアルス様に届くのがはやい。



 このままだと!


 敵がアルスへと振りかぶるモーションが見えた瞬間、二人は最後の力を出し尽くすため、足に力を入れ。



「アルス!」「アルス様!」


 声と共に、大きく踏み込み、剣を抜く。



「俺の息子に……」「私の主に……」


 エバンにとって、掛け替えのない存在。そんな大事な者に武器を向けるなどあってはならない事。


 その怒りを力に変え、ようやく、近くの守れる所まで来たエバンはこれまでにない、憤怒の表情を襲撃者たちに向け。



 今、その力を……


「何をしてるんだ!」「何をしている!」


 

 解き放ったのだった。

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