絶対絶命 その3

 アルスは遠目から相手を判断し、少し距離を取ろうと考え、キルクの手を引っ張ったその時。


「きゃっ!」


 極度の緊張状態により、疲れを見せていたキルクの足がもつれ、小さな悲鳴と共に倒れ込む。



 やばいっ!


 アルスが危険を感じ取り、敵の集団がいる方へ視線を向けた途端。


 

 くそっ! 目が合った!


 声を感じ取った一人の敵と視線が交差してしまう。


「いたぞ!」



 こうなれば……仕方がない。


「キルク! ちょっと失礼する!」


「え……あ、」


 アルスはその瞬間、キルクの体を持ち上げ、敵とは逆方向へと全力疾走する。



 ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……


 足が思うように動かない……


 既に疲労が蓄積している体。それに加え、体感30キロぐらいのキルクを抱えながらの疾走。前世よりは体の作りはいいものの、まだ10歳の体には荷が重い。



 倒れ込みたい……しかし、そうした瞬間に俺達二人の命は刈り取られるだろう。


 それだけは駄目だ!


 まだ己は何もなしていない!


 家族を置いてこの世界を去るわけにはいかないし、あの子の未来を変えないで死ぬなんてことは許されない!



 アルスは限界まで走る。が、走る事を止めない。


 そして、ある一縷の望みをかけて限界以上に足を酷使する。。



 どれだけ走っただろう……。既に足は限界。視界にも白いモヤが立ち込め、自分の意志とは関わらずに倒れ込みそうだ。



 本当はまだ、1分も走っていなかった。しかも、追手とアルス達との距離は着実に縮まっており、あと数十秒もしたら簡単に捕まってしまうだろう。



 もういいだろうか……


 既にアルスには自身の呼吸音すらも聞こえていない。



 いや、あともう少し。本当にあともう少しだけ……それだけ走り切ったらあとは……


 アルスは自分が信じる者達の事を考える。


 そして、あともう少し……という言葉を自分に言い聞かせ、走る事を止めない。


 

 もう大丈夫……。あとは……自分が信頼を置く人に……


 あの人……いや、あの人たちに託そう。



 アルスは倒れ込む直前。強く足を踏ん張り、肺に満遍なく空気が取り込めるよう、大きく息を吸い。


「エバン! お父様ー!」


 周囲に轟くように声を発す。



 静かな会場にアルスの叫び声がこだまする。



 あぁ、俺はやり切った。


 アルスはやり遂げたぞという笑みを浮かべ、その者達の事を脳裏に浮かべながらキルク諸共その場に倒れ込む。



「キルク王子を必ず殺せ!」「我らの悲願の為!」「栄光の為に!」


 追手が倒れ込んだアルス達に迫る。


「アルス……」


 既に退路は断たれているアルスたち。


 キルクは己の最後になると確信しているのか、小さく言葉を零し。


「ありがとう……」


 笑みを浮かべ、自分の英雄へと感謝の意を示す。



「キルク王子の首……いただく……」


 追手との距離、10メートル。


 キルクは倒れ込むアルスを守るように、自身の体で覆う。



 残り5メートル。


 敵は自分たちの悲願の第一歩が達成できる事を喜んでいるのだろうか。すでに確信じみた笑みを浮かべ、血塗られた得物でアルス達二人を死に至らしめようと距離を詰める。




「死ねー!」


 死神の鎌が二人の首元に掛かる……その瞬間!




「アルス!」「アルス様!」



 傷だらけの戦士が。



「俺の息子に……」「私の主に……」



 相手にとってはこれ以上ない悪魔と呼べる存在。



「何をしてるんだ!」「何をしている!」



 最強の男たちがアルスの元へと参上したのであった。

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