絶対絶命 その2

「どうして王子がこのような所に!?」


 エバンは驚きを隠せない様子で話す。


「静かにするんだ。キルク王子が怖がる」


 アルスはそう言って、びくびくしながら丸くなるキルク王子に近づく。


「お願いします……命だけは。命だけは助けてください。何でもしますからぁ……」



 駄目だ。こっちを見ない。


 キルクは助けてくださいと言い続けるボットと化していた。


「キルク王子。私達は敵ではありません。貴方を助けに来たんです」


「助けて……」



 聞く耳すら持ってくれないか……

 

 いつ敵がくるか分からないから早めに王子を連れて逃げたいんだけどな……


「エバン。周囲の警戒を頼む」


「はい」


 アルスは長期戦になる事を覚悟し、キルクと同じ目線に立つため、しゃがみ込む。



 多分、俺がこのまま考えも無しに声をかけ続けても何の反応も示さないだろう。だからといって、無理にここから連れ出そうとすると、パニックに陥り、叫び声を上げたり抵抗したりする可能性が出てくる。それだけは避けたい。


 それならば……



「キルク王子」


「助け……」


「貴方を守るために何人もの兵が犠牲になりました」


 ビクッ!


 先ほどまでにない、明らかな反応を示す。


「あの者たちは勇敢でした。私達が貴方を助けに来る瞬間まで全身に傷を負いながらも立派に戦い、殉死していった」


「……」


「貴方を守らないで逃げていれば助かっていたでしょう。ですが、彼らは貴方を守る事を選んだ。命をかけて次へとつなげることを選んだのです」


 キルクの震えは止まり、ゆっくりと顔を上げる。



 目の周りは既に泣き腫れ、メイクされていた綺麗な顔も化粧と涙で滲んでいた。


「あの者たちは……何故……」



 どうしてこんな私なんかを守ってくれたんだと言わんばかりの表情だな。


 アルスはキルクの頭に手を乗せ。



「王国の未来を守るため……」


 死んでいった者たちの意思を……


「王国の……未来?」


「そして、自分たちの誇りの為……といったところでしょうか」


 そして、彼らの生きざまをキルクに伝えた。


「そうか……」


「あともう一つ……それは……」


「……それは?」



「き……」


 アルスが最後の一つを口にしようとしたその時。


「アルス様! 敵です!」



 もうきたか!


 キルクを守るように自身の体を壁にし、周囲の状況を見渡すアルス。



 敵は……あっちか。


 エバンは既に交戦をしており、その数は先ほどよりも多い。



 エバン一人では辛い人数。しかも、足手まといを守りながらとなると……絶望的だ。


 アルスは瞬時に状況の判断を行い、キルクの手を掴む。


「さぁ、こっちです!」


 男とは思えないほどにか弱い手を引き、周囲に溶け込むように移動を開始する二人。



 エバンだったら私が移動を始めることぐらい、考えに入っているはず。それならば、エバンが注目を集めている間に他の騎士団達に合流するのがいいはず。


 周囲を警戒しながらも考えることを止めない。



 運が良ければ脱出することも可能かもしれないしな。



 こうして身をひそめながらゆっくりと移動する事、数分。



 先ほどから騎士団の姿が全然見られない……


 息を殺し、移動する二人の視界に映るのは侵入者と思わしき人物達のみ。それ以外は地に伏せ、既に屍となっているようであった。



「はぁ、はぁ……」


 肩で息をしながらも呼吸音は最大限に殺し、アルスの背中を追うキルク。


 キルク王子が疲れている……


 無理もない。敵に見つかり、殺されていた可能性もあったのだ。今までこのような経験のないキルク王子にとって、精神的疲労は計り知れないだろう。


 それに……


 アルスは自身の体が思うように動かない事に気が付く。


 

 俺自身にもそれなりの精神的ダメージがあったか。


 だが、あともう少し。もう少しで脱出口につく……


 アルスはあてもなく歩いて来たのではなく、最初に脱出しようとしていた通路で今一度脱出しようと考え、動いていたのであった。



 あれから時間は十分に経過した。今頃、あの場に溜まっていた貴族たちは外に脱出しており、騎士団の者達がその通路から続々とやってきている事だろう。


 それまでどうか持ってくれ……俺の体。


 こうして二人は精神をすり減らしながらも静かに移動を繰り返し、遂に脱出口近くへとたどり着くことに成功したのだった。



「あれは……」


 キルクが希望に満ちた目で脱出口付近を見る。


 

 数は20ぐらい……騎士団か? それにしては何かがおかしい。


 アルスは異変を感じる。


「早くあの人たちの元へ……」


「待ってください」


「何故? 助けに来てくれたのではないのか?」



 確かに騎士団のような兵装をしている。しかし何かが違う……


 アルスは違和感を感じながらも、相手が敵だという確証が中々得られず、じっと息をひそめる。



 そうだ。おかしいじゃないか。


 何故あいつらは会場の中に取り残されている者たちの救助に行かない?


 仮に侵入者に脱出口を抑えられたくないと考え、あの場所を守っているとしよう。それならば何故、あるモノを付けている兵があの場に居ないんだ。


 アルスはもう一度、一人一人胸に付ける紋章の形を目で追っていく。



 やはりだ。騎士団は一つの集団を形成する時、必ずその集団を取りまとめる代表。騎士団の隊長や副隊長。そして上級兵の誰か一人はいるはず。


 

『王国騎士団』


 騎士団が隊列を組む時は必ず、その組織を統率する上位の存在がいる。それは騎士団の隊長や副隊長、上級兵と異なる場合はあるが、基本、その3人の内、誰か一人が指揮をする事になっている。



 やはりあれは騎士団なんかではない!


 その場にいるのは敵の集団だと確信する。



 ここに居るのは危険だ。この場から離れよう……


 アルスは遠目から相手を判断し、少し距離を取ろうと考え、キルクの手を引っ張ったその時……

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