画面越しの君 その1

 王都最大の裏オークションが開催されてから3日が経ったある日。王都にあるアルザニクス家の屋敷では、アルスを始めとしたアルザニクス家の面々が豪華な衣装を身にまとい、正面玄関へと集まっていた。



 遂にこの日が来たか……


 アルスはこれから行われる事を考え、憂鬱になっていた。



 考えるだけで疲れてくる……


 今日まで休みなく王都を散策したり、オークションに参加したりと忙しい毎日を送っていたアルス。戦争が勃発する事を知っているアルスにとっては時間がいくらあっても足りない。



 たまにはゆっくりと家で寝て過ごしたい……


 前世にいい思い出が無いアルスだったが、唯一家でゆっくりする時間だけは良かったなと振り返る。


「アルス。寝癖が付いていますよ。こっちへ来なさい」


 これからの事が心配なアルスの元へ、白をメインとした、胸元に大きな花をあしらった美しい刺繡が施されている華やかな衣装を着たサラが寄ってくる。


 アルスの頭に手をのばし、手櫛で髪を整える。


「お母様、ありがとうございます」


 アルスは長身な体に合った黒のスーツを着ており、いつも以上に大人らしい雰囲気を醸し出していた。


「二人とも! 準備はできたか?」


 ガイルは黒と赤のスーツを着て、腰には剣をかけていた。また、元々の体格がしっかりしてる上に、スーツの良さが相乗効果を生み出し、ガイルの良さが余計際立っていた。


「えぇ、大丈夫よ」「私も行けます」


 こうしてサラとアルスはそれぞれ返事をし、3人は庭に待機してあった馬車に乗り込む。




~~~


 アルザニクス家の3名がこれから向かう会場は、年に一度開催される、貴族の食事会が開催される王都で一番大きい建物である。


 その食事会には王国全土から貴族が招待され、表向きは貴族同士の親睦を深める為とされているが、実際は貴族の情報交換や子供の顔合わせが主である。


 この食事会は10歳からの参加となるので、アルスは今年が初めての参加となっていた。



「アルス。昨日話した通り、向こうに着いたら色々な方々から挨拶があると思います。アルザニクス家に恥じない立ち振る舞いをしなさい。でも、心配しなくても大丈夫よ。相手が挨拶をしてきたらアルスも挨拶を返すだけでいいから。あとは私達に任せなさい。途中で王族の方からお言葉を頂戴するから、その時間になるまでは私達と一緒に居てちょうだい。その後は立食と言って、立ったまま自由に食事を楽しむ場が設けられるから、食事を楽しむこと。私達大人と子供のアルス達は別の場で食事をする事になるから、そこにいる子達と楽しんでくること。いいですね?」


 サラは昨日話したことを馬車の中でもう一度アルスへ説明する。



「はい。楽しんできます」


「寂しくなったら俺たちの元へすぐに来てもいいからな?」


 ガイルはアルスの頭を激しく撫でる。


「はい……ってちょっとお父様……。これじゃあ、お母様に整えてもらった髪型が台無しに……」


 アルスは頷き、されるがままでいたが、自身の髪型が崩れ始めた事に気が付き、ガイルの手から逃れるように頭を守る。


 すると、サラがアルス達に気が付き。


「あなた! まったくもう。アルスの髪が台無しじゃない……。アルス、もう一度こっちへ来てくれる?」


 ガイルを軽く叱ると、もう一度アルスの髪をセットし始める。


「すまん……」



 

 そうこうしてる内に、食事会の会場となる建物へと到着する。


「目的地に到着いたしました。どうぞお降りください」


 馬車を率いていたセバスが馬車の扉を開け、脇に持っていた折り畳み式の階段を広げると、馬車の降り口に寄せる。


「ありがとうセバス。サラ……掴まって」


 ガイルが先頭で降り、サラに手を伸ばす。



 さりげないエスコート。やっぱこういう所はお父様、しっかりしてるんだよな。


 貴族社会では男が上、女が下という風潮がある中、お父様はそんな事は気にしないといった様子でお母様に自分と等しく接する。


 まぁ、お母様の尻に敷かれているっていうのもあると思うが。


「ありがとう。さぁ、アルス。おいで」


 サラはガイルの手を借りて馬車を下りると、アルスはサラの後について降りる。


「使用人どもは馬車に待たせておきますので……。では行ってらっしゃいませ」


 セバスはアルス達が下りたのを確認し、馬車の扉を閉める。



 エバン達もちゃんと来たかな?


 アルスがふと気になって、使用人が乗っていると思われる馬車へと視線を向ける。すると、エバンが馬車を操縦していたのか、操縦席からアルスに小さく手を振っているのが分かった。



 よし、ちゃんと皆いるな。


 今回は王国全土の貴族を招いた食事会だから、警備が驚くほど厳重に取り締まられている。これだったら、何か問題が起きた時、すぐに問題解決にあたってくれるだろう。


 だが、グレシアスは俺が想像もしない様な事が度々……いや。頻繁に起こる場合がある。


 そんな事態に臨機応変に立ち向かえるよう、もしも……という可能性を色々と考慮し、エバン達のような信頼できる仲間をお父様に無理言って、馬車に乗せてもらってきたのだ。



 こうしてアルスはエバンの姿を確認出来て、ホッとするのも束の間、食事会を前に表情を改めて、ガイル達の後を追うのであった。

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