成長の成果 その1

 ゼンブルグ商会を訪れてから約一か月。


 俺は商会からの連絡を待ちつつ、用事がない日には町へと出かけて、人材探しをするといったようなルーティンを繰り返していた。


 そんなある日の事。


 俺はいつものように、町の中心地にあるお気に入りのカフェでいつもの護衛の二人と共に紅茶を飲んでいると。


「毎日のように人間観察をしていて、よく飽きませんね」


 エルドが呆れた様子で喋りかけてきた。


「皆違った個性があるし、新鮮味があって面白いからな」


 嘘は言ってない。どっちかっていうと人間観察するのは好きだしな。ただ、本当の事を話すと事がややこしくなるので、当たり障りのない返事にとどめておく。


 だって、いい人材に出会いたいからここで鑑定をして、人の価値を選別してるなんて言ったら面倒なことになる。特にエルドなんかに話をするとな。


 まぁ、モーリーは薄々何かを感じてる節があるのか、そこまで俺に関わってこないが、エルドは未だに、俺がかけている鑑定眼鏡をただの眼鏡だと思っているらしい。


 この前なんて、俺が頻繁に鑑定眼鏡をかけるようになったから、エルドが俺の目が悪くなったのではないかと考えて、勝手にお母様へ……



~アルス達の会話~


「サラ様」


 エルドか? どうしたんだ?あんなに思いつめた表情で。


 アルスはエルドの様子が気になり、二人の会話に耳を傾ける。


「エルド? 一体どうしたの?」


「最近、アルス様の目の調子が悪いようなのです」


「え?」


 アルスは思わず声を漏らす。


「それは大変だわ! アルス! 今すぐ病院へ行く準備をしなさい!」


 なんでこうなった? 


 正直に言うか……? 


 いや、あまり鑑定眼鏡の話はしたくない。どうすれば……


 その時、悩んでいるアルスの前にセバスが通る。


 そ、そうだ! セバスにどうにかしてもらおう!


 鑑定眼鏡を準備したのはセバスだし、話術も上手い。それならお母様を上手く丸め込めるだろう。


 そう考えたアルスはセバスへと近寄り。


「セバス」


「何でしょうか? アルス様」


「この状況をどうにかしてくれ」


 すると、セバスは周囲を見渡し、少し考える素振りを見せると。


「アルス様。これも経験。自身でどうにか頑張ってみてください」


「え?」


 二度目の驚き。流石のアルスもセバスにまで見放されると思っていなかったのか、思考をフリーズしてしまう。


「アルス! いきますよ」


 こうして俺は、何が何だか分からないうちに町一番の目医師がいるという病院まで、アルザニクス家お抱えの医師は目に関して専門外だからという事もあり、連れていかれたのだった。

 



~町一番の目医師~


「うーん。視力も正常ですし、何も悪い所はありませんが……」


「いいえ、絶対に何かあるはずです! よくお調べになってください先生」


 アルスは居てもたってもいられず、顔を下に向ける。


 すいません、先生。

 俺の目は、別に悪い所は何もないんです……

 迷惑かけてすいません……。本当にすいません。


 アルスは心の中で何度も謝りつつ、サラと先生の会話を聞く。


 そんなアルスだったが、最終的に目薬を処方して安静にするという事で話がまとまり、帰宅する事となったのだが。


「やっぱり駄目ね。何かあったらでは遅いですものね……」


 馬車でくつろぐアルスとは対照的に、深刻な様子で呟くサラ。


「アルス!」


「は、はい!」


 突然の大声にビクつくアルス。


「もう一軒いきますよ」


「お、お母様」


 もう勘弁してくれ……


 流石のアルスもこれ以上は黙っていられなくなったのか。


「本当は目など悪くは無いのですが……」


「大丈夫よアルス。心配しなくても……」


 駄目だこりゃ。


 相手にしてもらえず。


 くそっ。こうなったら……


 このままでは埒が明かないと考えたアルスは。


「ほ、本当は……、眼鏡がカッコいいから付けていただけなんです!」


 顔を真っ赤にしながら、サラへと言い放つ。


 するとサラは感動したように目を潤ませ。


「あらまぁ! アルスが勉強以外に興味を持つなんて……。今日はご馳走にしましょう! セバス、今すぐ準備を」


「もちろんです。直ぐにご準備致します」


 ま、まさか。セバスはここまで見越して!?


「ちょっ、大袈裟です! お母様! セバスもしなくていいから!」

 

 その後の夕食は一段と豪華なご馳走に加え、一流のパティシエに作らせたのであろう、3段重ねのケーキまで登場し、散々な一日となってしまった。


 ただ、その時のアルスは嫌な気持ちというよりも、心が満たされているような感覚に陥っていた。


 そんな感覚に一度もなったことが無いアルスは、その気持ちの正体に気づくことなく、一日を終える。


 世間一般的には、その様な感覚を家族の愛。とでも言うのだろうが、アルスは前世で負った、家族に関する心の傷のせいで今はまだ、分からずにいた。

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