第43話 少しほっとしたり
「……あらどうしたのよナイト? 見回りはもう終わったの?」
私が燻製窯からマスやチキンを取り出して小さく裂くために冷ましていると、閉店後、
『んじゃあちょっくら見回り行ってくるぜ~』
と元気に出て行ったナイトが窓からするりと戻って来た。
普段ならあと二時間ぐらいは帰って来ないのにな、と内心で少し疑問を抱いたが、私と違ってカフェと町の見回りのダブルワークなのだ。そりゃ好きなことだって疲れもするだろう。たまには早上がりってことかも知れない。
「ご飯は別に用意してあるけど、もう少し冷めたらチキン食べる? マスでも良いわよ」
と声を掛けると、ナイトは少し考える様子を見せた。
『んー……別にゆっくりでいいぜ。そんなに急いでないから』
「えええ? いつも見回りから戻ると腹減った腹減った~って騒ぐくせに? ちょっと一体どうしたのよ。どっか体調悪いとか、見回り中に誰かにケガさせられたとかしてないの?」
私は慌てて椅子から立ち上がると、ベッドで毛づくろいしているナイトに近づいた。
『ひでえな。なんて言われようだよ。ケガもしてねえし体調も悪くねえよ。俺様だってほれ、なんつうの? 考えごとしたりとかあるじゃん』
「ごめんね。別に何でもなければいいのよ。ナイトが病気とかケガしたかもと思うとドキッとしちゃうから。普段と違うと少し不安になっちゃうのよ」
この国で私の唯一の家族。ナイトがいるから私は日本じゃない国でも何とか生きて行ける。
「……お願いだから元気で長生きしてねナイト」
『おう。俺様は毎日うまい飯食べてるしな。死ぬまでは元気に生きてやるぜ? けっけっけ』
頭を撫でる私に冗談めかして返したナイトは、少し沈黙した後に私に尋ねる。
『そういやトウコよう。ちょっと聞きたいんだが』
「なあに?」
『ケヴィンとはただの友だちってことになったんだよな?』
「ああ。そうだね。尊敬はしてるけど、友情だと分かっちゃったからね」
『……トウコはその、結婚しないのか? ツガイを見つけないのかって意味だけど』
「やだいきなり何言ってんのよ」
私は笑った。
人との接点が増えてるからなのか、ナイトは耳にした知らない言葉について私に色んな質問をしてくることが多い。
『なあフタマタってなんだ?』
『ケンエンの仲ってどういう意味だ?』
時々説明に困るものもあったりするが、色々理解して行くことでこの頃ナイトがどんどん人間臭くなっている気がする。以前から賢いと思っていたが、最近では本当は猫の姿を借りた人なのではないかと思うこともある。
「結婚ねえ……まあ考えないこともないけど、そういうのは好きな人とするものじゃない? 相手がいないとどうにもならないわ。今は仕事で手一杯よ」
『ふーん。……騎士団にもいい独り者沢山いるけどな。それにほら、王子様だって独り者だろ? 王子様は仲良しじゃん。ああいうのはトウコは嫌いなのか?』
「ジュリアン様? やあねえ、好き嫌いとかそういう問題じゃなくて、そもそも住む世界が違う人じゃないの。国で一番偉い王族なのよ? 私は貴族でもないごく普通の一般人なんだってば」
『んー偉い偉くないって未だに良く分かんねえな。みんな同じ人間だけどな俺にしてみれば。あ、でも王様は頭がつるつるなせいか、なんか眩しいっつうか、圧倒される空気あるけど』
私は吹き出した。
「ナイト、あなたそれ不敬罪になるわよ。偉い人に対して悪口になるようなこと言ったらダメ。あと圧倒される空気は確かにね。それはオーラって言うのよ。国を治めているんだから当然だよね」
『そっか。頭つるつるは悪口なのか。仲間と違って色んな言葉の使い方があるから人間は難しいなー』
床にうーん、と手足を伸ばすナイトは本当に可愛い。ガリガリだった体も肉付きが良くなって、野良猫だった時より福々しい印象になっている。元々イケメンだったけど男ぶりが上がった感じだ。
『王子様はいい奴だと思うけどなあ。ケヴィンもいい奴だけど』
「……そうだねえ。いい人だね」
そんなことは分かっている。だってうっかり好きになるほど近くにいたんだから。
『あ、そう言えば詰め所寄った後に王子様に会ったんだけどさ、何か大きな会議? だかあるみたいで準備で忙しいんだと。姫様も手伝いで忙しいらしいよ。終わったら遊びに行くつもりだってさ』
「あ、そうなんだ」
良かった。忘れてなかったんだ。良かった。
冷ましておいた燻製をむしりながら、知らず知らずに頬が緩んでいたらしく、
『……何だよトウコ、ニヤニヤして。なんかゴミでもついてるか俺?』
とナイトに不機嫌そうな顔をされるまで気がつかなかった。
それにしても会議か。
町で三カ月後に大きな祭りがあると聞いたけど何か関係があるのかな。
商売をしている町の人間はワゴンを出してバザー販売をすることになっていると聞いた。大道芸人の人なども読んで毎年賑やかだそうな。
私も人向けのお菓子などを出す予定で忙しくなりそうだ。
キャスリーンおば様やケヴィンも知人に宣伝してくれると言ってくれたし、紹介された人が満足してくれるものを作らないと。
今は胸のモヤモヤも封印して頑張らなくちゃ。
私は無心で燻製をむしる作業を続けるのだった。
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