第44話 祭り初日

「おっはよ~ナイト♪ 良い天気で良かったねえ!」

 私はカーテンを開いて外を見ると、ベッドでお腹を出して爆睡しているナイトに声を掛ける。

 今日と明日は、この町での最大のお祭りが開催される。

 国王陛下と故王妃がお祭りが好きな人だったらしいのと、

「国民が喜ぶイベントがあることで不満も生まれにくいし、民の団結力も強くなって生活にもメリハリが生まれる。毎年の楽しみもあれば自然と愛国心も育まれる。いいことづくめだ」

 と言うことで、収穫祭や建国記念日など二カ月に一度ぐらいは大小の差はあれどお祭りごとがあちこちで行われているらしい。まあ城下町である私の住んでいるところの祭りはやはり一番大きいイベントらしく、各地から訪れる人で溢れるそうでとても楽しみだ。

 ぷにぷにつるつるで無害で温和そうな国王だが、やはり国を統べる人は色々考えているんだなあと思う。日本では政治家と言うよく分からない人たちが良く分からないことをやっている、というフワフワした印象しかなかったのだが、王国制度は国王の良し悪しが結果に直結するのだろうと思う。

 他の国がどんなところか分からないが、迷い人にも親切で、こうやって何とか自立して生きて行くことが出来るまで手厚くサポートしてくれるのだ。感謝しかない。

 つくづくこのコンウェイ王国で第二の人生が送れて良かった、と実感する。

『……ふわあああ。おはようトウコ』

 伸びをしてナイトがようやく起きたようだ。

『昨日も夜遅くまで仕事してたのに早起きだなー。ここ数日ずっとキッチンに籠り切りだったのに元気だな』

「お祭りって何だかワクワクするじゃない! それに二日間ワゴンでお菓子も売るんだよ? ちゃんと売れるか心配だけど、すぐ売り切れちゃって二日目はお客さんに出せないものばかり、とか最悪じゃないの」

 手が回らないため猫カフェの方は祭りの準備と言うことで三日前から祭りが終わるまで休みにしていた。

 朝から晩まで燻製作りなどとは別に、一日中キッチンでクッキーやパウンドケーキ、マドレーヌやタルトなどを焼いたり、ジャムを煮込んだりと大忙しだった。

 元々お菓子作りは趣味だったので、猫カフェでもティータイムに出すためのケーキやタルトなどは自分で作っていた。

 甘みは自分好みで抑えていたのだが、それがお客さんからも評判が良くて、

「ねえトウコ、これ甘さがくどくなくてすごく美味しいわ! 子供に持ち帰りたいから売ってくれないかしら?」

 などと言われて譲ったりしていた。

 この国大好きなんだけど、スイーツとか甘すぎるのが多いのよねえ。砂糖が割と安価だし、沢山入ってないと損みたいな感じなのかな。何たってスイーツって言うくらいだもんね。

 まあお国柄で好きな人が多いのかも知れないけれど。健康的には確実によろしくない。何度か色んな店で買ってチャレンジしてみたが、全部私には甘すぎた。

(お菓子は大好きだけど……これではすぐにおデブになってしまうし病気にもなりそうだわ)

 と危機感を覚えて、その後は自分で作ることにした経緯がある。

 一部のお客さんの中には、

「あら、あんまり甘くないのね」

 などと残念そうに言う人もいたが、褒めてもらえることも多く、男性やスイーツ好きだけど太るから我慢している、と言う層には特に喜ばれた。

 今回もすりおろした野菜を混ぜたベジタブルクッキーや、フルーツを沢山練り込んだパウンドケーキなど、全て甘さ控えめにした。

 自分もだけど、好きなものを我慢するのってかなりストレス溜まるのよねー。罪悪感も控えめになるお菓子があれば有り難いだろう。

 長時間持ち歩くことも考えて日持ちするものしか作れなかったが、いずれカフェもゆとりが出来たら庭に人間用のヘルシースイーツのテイクアウトをやりたいと思っている。

 このお祭りで未来のお客さんを集めないと! と思って必死で作りまくっていたので、ナイトから見たら鬼気迫るものがあったかも知れない。

 ナイトは自分も働いて稼ぐぜーと張り切ってくれているが、これからナイトの家族も出来るだろうし、子供だって産まれるかも知れない。彼らが病気やケガなどでお金がなくなってろくに治療出来ないなんて悲惨なことになったら大変だ。自分だって一生一人かも知れないし、先立つものはお金である。世の中の大抵のことはお金があれば何とかなるものだ。

 ここは私が気合を入れて稼がないとね、うん。


 木製の大きな幌つきのショッピングカートのようなワゴンに山盛りの商品を載せると、リュックと布バッグに在庫を一部詰め込んで、ナイトと一緒に徒歩二分ほどの大通りの売り場までコロコロと転がして行く。

 今日はこの通りにずらりとワゴンが百単位で並ぶ。既に早めに来て準備しているところも何軒もあり、気の早い旅行者もいて、散歩がてらポツポツと出店されるお店のチェックをしているようだ。

「やあトウコにナイト! 祭り日和だな……っておい、すごい荷物だなあ。重たくないのかい?」

 既に準備を始めていた顔馴染みのレストランのマスターが、スープを煮込んでいた寸胴をおたまでかき回しながら驚いたように声を掛けて来た。

「おはようございます! 重たいパウンドケーキなんかはワゴンに乗せてますので、バッグなんかに入れているのはクッキーとかの軽い奴ばかりなんです。だから全然平気です!」

「働き者だねえ。準備が出来たらスープやるからひと休みしな。今日はこの天気じゃ人出も多いだろうし、一日大忙しだろうからな。──ああすまんナイト、サンドイッチもフライドチキンも味がついてるからなあ。お前に食わせられるもの用意してなかった」

『おう気にすんな。もう食って来てるから』

 多分にゃあ、としか聞こえないだろうが、ナイトが応える。

「わーい。じゃあ後でお邪魔しまーす」

 頭を下げると、五軒ぐらい奥の自分のスペースに向かう。

 荷物を広げて準備していると、隣の小物屋のおばさんが親しそうなおばさんと世間話をしているのが耳に入った。

「何かさ、来年から輸出入の税金が下がるらしいよ。もっと活発に交易出来るようにって。先日の大きな会議で決まったんだって旦那が言ってたわ。あと貧しい家でも心配せず子供に学校行かせられるように国から補助も出るんだってさ。助かるよねえ」

「ああ旦那さん王宮に品物卸してるものねえ。今回他国への跡継ぎの顔見せも兼ねてジュリアン王子が議長を務めたらしいとか?」

「まだ若い王子に任せて大丈夫なのか? って旦那は思っていたみたいだけどさ。最近までずっと表に出て来なかったけど、あれかねえ、国王陛下から直々に帝王学みたいなものを学んでたのかね。ちらっと視察に来てた時に拝んだことあるけどさ、すこぶる男前だけど色白の優男みたいな感じで頼りない感じだったのに、人は見た目によらないもんだねえ」

「あの国王陛下の息子だもの。そりゃあ頭の出来だって良いに違いないさ。今後もコンウェイ王国は安泰だねえ」

 ……帝王学ってより燻製学を主に学んでましたけどね。

 ああ、でも無事に会議が成功裡に終わったのか。良かった良かった。

 引きこもりだった時期が長かったジュリアンのことだから、きっと人一倍努力したのだろう。

 国王陛下もようやく安心できる立派な跡継ぎになってくれてホッとしているかも知れない。

 個人的にはすごく嬉しいのだが、距離がまた一段と離れたような気になって気落ちする部分もあったりと私の心は複雑である。

『おーいトウコ、今日はパフもケヴィンの母ちゃんと一緒に祭りに来るらしいから、来たら少し一緒に散歩したいってケヴィンに伝えてくんねえか? パフが危険な目に遭わないように責任持って見てるからよ。大事にしてくれるのはいいが、ずっとかごの中ばかりじゃ気分転換にもならねーだろ?』

「分かった。ナイトが近くにいれば安心だもんね」

『へへ、まあ当然だな!』

 少し照れ臭そうにえらぶるナイトを微笑ましく思いながら、私も祭りの後に猫カフェに遊びに来てくれるかも知れないジュリアンやニーナを思い、

(よっしゃー、今日も働くぞー)

 とウキウキする気持ちで拳を握っていた。




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