第42話 【ジュリアン視点】頑張る男

 私が山積みにされた決裁の書類をせっせと処理していると、窓からニャーン、と声がした。

 ん? と視線をやると、ナイトが庭から座ってこちらを見ていた。

 私は立ち上がると窓を開ける。

「ナイトじゃないか。どうした? トウコも一緒か?」

 期待しながら周りを見るもどうやらナイトだけのようで、少しガッカリしながらも久しぶりに会えたナイトを撫でようとして、首輪のところに細く折り畳まれた紙が結んであるのに気がついた。

「これは私が見てもいいのかナイト?」

「にゃあ」

 嫌がる素振りも見せないので、そっと紙を取って開いた。

「これは……トウコのカフェのチラシか」

「にゃ」

 可愛い黒猫のイラストが入ったチラシで、メニューや値段などが載ったそれには、

『可愛い猫たちと心休まるティータイムを!』

 などと書いてある。

「ナイト、私に宣伝しに来たのかい? 知ってるよオープンしてるのは」

 そう言ったが、何やらナイトはニャーニャーと強く鳴いて、まだ訪問してない私を責めているようだった。トウコがいないと推測するしかないが、あながち間違ってもなさそうだ。

「もしかして何故来ないと聞いているのかな? ……私もニーナもとても行きたい気持ちはあるんだよ。だけど先日、私たちは父上に怒られてしまってね」


 父は私が引きこもりを卒業して、視察や他国の交渉事などに前向きに取り組むようになった姿を見て大変喜んでいたが、ニーナと私の趣味(燻製と釣り)に対してあまり良い顔をしなかった。

「一国の王子と姫が、オーバーオールに麦わら帽子で大漁だ大漁だと楽しそうに釣り竿片手に王宮内をウロチョロしてたり、燻製した魚やウッドチップの匂いを漂わせているのはどうなんだ? いや楽しむのは別に構わんが、お前だってこれから結婚相手も探さねばならんし、ニーナだって嫁入りせねばなるまい? 確かに我が国は農業と酪農が盛んなのどかな国ではあるが、王族には品位と言うものが必要だ。趣味にうるさく言うつもりはないが、ちょっと度が過ぎてはいないかね。トウコのお陰でお前が外向的になったのは嬉しいが、もう少し控えた方がいいんじゃないかと思うのだが」

「お言葉ですが父上。私が町に出て視察が出来たり、他国のお偉方とまともに会話が出来るようになったのは、トウコが私を外に連れ出して釣りや燻製の楽しさを教えてくれたのがきっかけですし、今では釣りも燻製作りも心の拠り所でもあるのです。ニーナも私よりはましですが、普段は読書や編み物が好きで自室に引きこもりがちだったのが、私と一緒に表に出るのを楽しむまでになりました。これは決して悪いことではないと思うのですが」

 私は父を尊敬しているし、今まで言われるまま特に反発などもすることはなかったが、トウコのお陰で自分の人生を豊かに出来て感謝していたので、彼女の話が出ると少し過剰に反応してしまう。

「ふむ。……気になっていたので一つ尋ねたいのだが、お前はトウコが好きなのか?」

「ひゃっ? な、何を仰るのですか」

 思わず動揺して変な声を上げてしまった。

「いや好きでも別に構わんのだがな。彼女は驕ったところもなく、心根が素直で穏やかな良い子だと私も思う。もし結婚したとしても隣で一生懸命お前を支えてくれるだろう。……だがな、トウコは迷い人で平民なのだ」

 父は私を鋭く見た。

「我が国は交易する特産物も豊富でそこそこ裕福な方だ。今のところ周辺国と揉め事が起きている訳でもない。だがな、土地や民に恵まれていようと決して大国ではないのだ。政略結婚で他国の王族や高位の貴族との繋がりを深める、つまり味方を作ると言うのは、この先の国の安定した存続を考えた場合に大切なのはお前にも分かるだろう?」

「……はい」

 私はうつむいた。王族として返す言葉はない。

 そんな私を黙って見つめていた父は、だが、と続けた。

「ジュリアン、お前がどうしてもトウコと結婚したいと言うのならば、方法はない訳ではない」

「──え? どういうことですか?」

「トウコに他国の支援は望めないのであれば、お前が他国の力を必要としないだけの実力をつければいい。要は他国に侮られない、民が安心できる強い後継者になればいい。……まずはそうだな、三カ月後に我が国で開催される主要国会議を成功させて見せろ。あれは怖いぞー、他の国の奴ら側近含めてみーんな百戦錬磨のツワモノのジー様ばっかりだからな。私も就任して暫くは発言する度に睨まれて肝が冷えた。髪の毛が薄くなったのもあれが原因に決まってる」

 丸々とした顔をしかめる父に私は慌てて声を上げる。

「いえ、あの、私がトウコを好きなのは私の片思いなのです! 彼女に伝えたこともありません」

「だからどうした? 彼女が受け入れるかどうかは別問題だ。大事なのは今後トウコを迎えても問題ない状態にお前が出来るのかどうかだけの話だろう。もし仮に彼女に振られたところで、いずれ別の女性を妻に迎えることになる。どんな相手でもお前に守れるだけの力がなければ、幸せになど出来ぬだろうが」

「は……」

 黙って聞いていて、ふと冷静になる。

「──あの父上、今の話を聞くと、トウコが結婚してくれるなら反対はしない、ということでしょうか?」

「まずは会議を成功させて私を安心させてくれたらな。まあ平民と言っても別にどこか公爵家の養女にしてしまえば良いだけだしな。やり方なんぞいくらでもある」

「父上! ありがとうございます! 精一杯頑張ってみます!」

 まさか父にトウコとの結婚を認めてもらえるとは思ってなかったので、まだプロポーズすらしていないのに私の心は高揚した。

「まあやる気になるのはいいことだ。……ちなみにスモークチーズがそろそろ残り少ない。ニーナにでも言って後で部屋に届けてくれるよう伝えてくれんか。あれはワインのいいツマミになる」

 ニヤリとした父は、ポンポンと私の肩を叩いて離れて行った。


「……まあそんな訳でね、正直会議までに取り上げる議題など勉強せねばならないことも沢山あってね。ナイトたちに会いたくても時間がないんだ。ニーナにも資料を探してもらったり協力を仰いでいてね。──あ、トウコには絶対に何も言わないでおくれよ? ちゃんと落ち着いたら必ず行くから」

「うにゃー」

「それで、その……ケヴィンとは何か、進展はあったのかな?」

 私が勝手にトウコを妻にしたいと思っても、ケヴィンと良い関係になっていたらおしまいだ。

「んにゃ」

 軽く首を振るナイトに安心してホッと息を吐いた。

 いや、今まで国のことなどろくに考えず、部屋に引きこもって本ばかり読んでいたツケだ。トウコに振られようが、これからも頼りがいのある国王になるための努力を怠るつもりはない。

 ……つもりはないのだが、少しぐらいの希望があれば、より頑張れるものである。

「私は頑張るよ、ナイト」

 喉を鳴らして私の足元にすりすりとしていたナイトにそう告げると、ナイトは私を見上げ、私の靴に前足をてし、と乗せるときびすを返して帰って行った。

 応援してくれた、んだといいけどね。




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