第41話 猫カフェは順調だけど
私が王宮の仕事を辞めて三カ月が過ぎた。
町の外れの長く空き家だった古い二階建ての一軒家を、使う予定もないからと言われ、月五万マリタンという破格の家賃で借りて改装した。
二階を私とナイトの住まいにして、一階は大工さんと相談しつつ、木目素材を活かしたログハウスのような温かみのある猫カフェを作り上げた。大した宣伝もせずにオープンしたのは先々月のこと。
……いや、一つ弁解させてもらうのならば、宣伝手段がないと言うかですね、この国では口コミとチラシ作るぐらいしかやれることがないのですよ。
でもキャスリーンおば様や王宮でのメイド仲間、騎士団の人などがあちこちに声を掛けてくれたお陰で、毎日そこそこのお客様が来てくれて、ランチやお茶を飲みながら猫を撫でたりしてくれる。
まだ二カ月も経たない素人経営者なので色々バタバタすることも多いが、既に常連さんも出来たりして忙しいながらも楽しい毎日である。
燻製も好評で、「燻製をあげるという発想がなかった」と自宅の猫や犬に買って下さるお客様も多いし、マタタビクッキーはうちの子が目の色を変えて欲しがるの、と作るそばから売れて行く。
ランチで出すサンドイッチやホットドッグ、パスタもありがたいことに美味しいと言ってもらえてすごく嬉しかった。
いつも満席と言えるほどお客さんが来る訳ではないけれど、元々そんな大きな店ではないし、一人で何とか回せるぐらいで充分だ。店を維持して普通に食べて行ける以上の収入は得られるし、近くに民家もないため庭で燻製も作り放題だし、全く不満はない。
二人掛けのテーブルが四つとカウンターしか置かずに、あとはキャットタワーや猫が遊べる遊具などを置いているので空間を広く取った。猫を愛でるための店だから当然だ。
思った以上に猫好きな人はいるようで、
「アパートでは飼えない規則だから」
「うちと違う種の猫に触りたい」
「家族がアレルギー持ちだから飼えないけど実は好き」
「多くの猫がいる空間で癒されたい」
みたいな話を聞いたりして、ああ日本の猫好きと考えることはあまり変わらないんだなあ、と内心安心したりする。
ナイトもちゃんとお仲間さんに話をつけてくれた。
聞いたら十匹ほど協力してくれる子がいるとのこと。
『店にいる時にお客さんにノミとか移したら大変だから、定期的に体を洗って清潔にすること(これは私が洗う係だ)』
『給料は燻製とクッキーでいいってさ。別の食い物がある時はそれでも構わないって。出来れば家族に持って帰るから、少し多めにくれると嬉しいそうだ』
「了解! あとね、出来ればたまーに愛想を振りまいて、お客さんが撫でる時に怒らないでもらえると嬉しいんだけど」
『それは大丈夫。だってお客さんみんな猫が好きなんだろ? 乱暴に叩いたり蹴ったりされないのが分かってるんだから、あいつらだって問題ないよ。きちんと伝えとくからよ』
ナイトの言葉通り、現れたお仲間さんたちは本当に大人しくシャンプーさせてくれて、爪も伸びすぎた子たちは切らせてくれた。
たまに興奮して店で飛び回ったりする子もいたが、ナイトがびしっと𠮟りつけてくれるとすぐに大人しくなってくれる良い子たちだ。
ナイトも店の仕事を一緒にしているつもりらしく、私が気づかない時に、
『おいトウコ、あっちのお客さん飲み物出してないぞ』
『トウコ、パスタのフォーク忘れてるじゃんか』
などと指示してくれたりする。
「ナイトは何だか人の気持ちが分かるみたいねえ」
とお客さんに言われるぐらい一生懸命ニャーニャー言ってるようだ。これは私が色々ポカをやらかしているせいだろう。反省せねば。
だが、ナイトは不思議とお客さんに好かれるようで、話せることは知らないのに自然に愚痴をこぼしていたり、悩みを打ち明けたりするお客さんも増えた。
話を始めると、ナイトが落ち着いて目の前に座り大人しく聞いているからかも知れない。
時々、自分の家の飼い猫も籠に入れて、連れて来て買い物したりお茶する人もいるのだが、
「最近うちの子があんまりご飯食べてくれなくてねえ……具合は悪そうじゃないけど心配だわ」
などと私に話してくるお客さんを眺めたナイトが、飼い猫ににゃごにゃご尋ねてからそっと私に近づき、
『なんかなー、コイツ奥歯が痛いんだと。だから固めのは噛むのが辛いんだって』
と教えてくれたりする。私に振られてもと慌てつつも、
「私の家で昔飼っていた猫も同じことがありましたけど、病院連れて行ったらなんと虫歯だったんですよー。だから噛むのが嫌だったんだなーって。もしかしたらお客様の家の猫ちゃんもそうだったりして?」
と適当に嘘を織り交ぜて話していたのだが、後日満面の笑みでそのお客さんが現れて、
「トウコ! あれからもしやと思って病院行ったら、うちのマイラも虫歯だったんですって! ひどくなる前で助かったわ!」
などとやたら感謝された。
他のお客さんにも何度かそんなナイトの聞き込みによる現状指摘をした結果、
「トウコは猫関係の相談に的確にアドバイスをしてくれる」
と噂されるようになり、猫連れのお客さんが増えてしまった。
「ごめんねナイト、何だか仕事増やしちゃって」
私が謝るとナイトは首を傾げた。
『ん? 俺は聞くだけだから別に平気だぜ? 分かることしか伝えらんねえし。それに俺たちが食っていくお金稼がないとな! 騎士団の巡回は夕方以降だから、カフェにいる時はカフェの仕事ってことよ!』
てしてしと私の手を叩く肉球の感触に和みながらも、申し訳ない気持ちになる。
手助けしてもらうばかりで頼りない飼い主だわ。
ちゃんとケヴィンにはあれからすぐ自分の気持ちは伝え、丁重にお断りをした。
「ケヴィンさんのことは好きですが、友情と言いますかお兄ちゃんと言う感じで、率直に申し上げて結婚を考えるようなお付き合いは考えられないんです。本当にすみません!」
「そうか。……まあ確かに十近くも上だしな」
薄々そんな感じはしていた、とケヴィンは苦笑した。
「本当に、ケヴィンさんは素敵だし、私にはもったいないお話だったのですが、そういう気持ちになれなくて……それに、当分お店のこともありますし、正直今はそれどころじゃないかな、と」
「分かった。潔く諦めるよ。──だが、友人としてはこれからも付き合ってくれるだろう? トウコは友人としても尊敬できるし話してて楽しい。大切な猫友だちでもあるしな」
「図々しいですが、私も数少ない友人だと思っているので、それはこちらからお願いしたいぐらいです。ナイトもケヴィンさんのこと好きみたいですし」
私は深々と頭を下げる。
「ハハハッ、そうか。それは嬉しいな」
楽しそうに笑うケヴィンを見て、私の心のつかえも少しだけ取れた気がした。
ジュリアンもニーナもお忍びで絶対行くから、と言われていたのだが、未だに訪れはない。
社交辞令だったのかもな。そりゃそうだよね、私が働いている間少し親しかった程度の平民の店に来るなんて、行けたら行くぐらいのリップサービスだよね。
当然のことだと考えつつも、心の中では寂しいと思う気持ちは消えなかった。
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