第21話 あなたもお好きなんですね

「留学されていると伺ってましたがお戻りになったのですね」

「昨夜戻って来たの。それとお父様から聞いたわ。あなた迷い人なんですってね?」

「はい」


 今年一六歳というニーナ姫は、既にスタイルも美貌も完璧な洗練された美少女である。その上、話し方もジュリアン王子とよく似て優しげだ。


「兄があなたが来てから少し話をするようになったと聞いて、本当に嬉しかったの。だから何よりもまずトウコにお礼を言いたくて。本当にありがとう、感謝しているわ」

「……」

「どうしたの? ぼーっとして」

「──あっ、すみません。いえ、見た目も素晴らしくお綺麗なのに、そんな優しいお気遣いもして頂けるなんて、まるで天使みたいだな、と」

「なっ、ちょっとトウコ、いやだそんなお世辞は言わなくていいのよ! 恥ずかしいじゃないの」


 別にお世辞を言うつもりはなくて、思ったことが無意識にそのままポロっと口に出てしまっただけなのだが、ニーナ姫はみるみるうちに顔を赤く染めた。

 いやー、こんなひねりもないストレートな誉め言葉に照れるとか、すれてないしますます愛らしいではないか。普通ここまでの美少女なら、もっとツンケンしてたりキツイ性格になってもおかしくないのに、引きこもりのジュリアン王子と同様、性格的にとても良い方向に成長されていると感じる。私の高校時代にもアイドル的女子はいたし可愛いかったけど、とにかく性格が陰湿だったしなあ。見た目に自信があると、心が歪む女性が多いのかなと思っていたわ。まあ勝手な偏見だけど。

 王妃の人柄もあるかも知れないけれど、彼女が亡くなっても周りの人間と父である国王の育て方が良かったのだろう。嫌な王族とかがいる国に放り込まれなくて良かったわ私もナイトも。


「トウコみたいにサラサラな黒髪で切れ長な目をしている方がミステリアスで綺麗だわ」

「うーん……単純に人種の差だけで、こちらでは余り見ないからじゃないですかね? 私の国ではザ・平凡という感じでいくらでも転がっているタイプです」

「あら、そうなの? でも私はとても魅力的だと感じるわ」

「いやいや、私はニーナ姫の方がダントツでお美しいかと」

「もうーまたまた」

「本当ですってば。このちっさいですが見開いた目を見て下さい。嘘を言っているような目に見えますか?」


 などとお互いに褒め合っているうちに、何だかおかしくなって二人して笑ってしまった。

 ニーナ姫とも仲良くなれるかも知れない。ジュリアン王子もニーナ姫もぷよった王様も、私から言えば皆やんごとなき人であり、日本だろうとこの国だろうと本来なら会話するどころか、絶対に交わることのない人たちである。

 死んだ後にあの世ではなく、見知らぬ国に飛ばされた感じの私とナイトではあるが、やはり国で一番えらい人たちが性格悪いとか非道とかよりは、穏やかで尊大じゃないというのはとても嬉しい。


「ところでニーナ様……」

「なあに?」

「ジュリアン様があのように、と言うと失礼ですが、無口で無表情な状態になった大元の原因みたいなものってご存じですか?」

「……ごめんなさい、分からないわ。ただ、私が幼い頃から既に無口な感じだったの」

「そうですか……」


 性格的に穏やかで、動物が好きで物腰も言い回しも優しい感じのジュリアン王子だ。日々剣術の鍛錬もしてで体も鍛えていたりと、通常なら明るく朗らかで思いやりのある、引きこもる要素がない人に育つはずなのだ。外見通りの輝かしい理想の王子になる可能性が九割超えだったはずなのに。

 何かしらきっかけがあったのではないかと推測しているのだが……ま、身内でも分からないものがそう簡単には分からないわよね。今後ジュリアン王子がもう少し心を開いてくれたら、いつか聞けることがあるかも知れない。

 我が家の売れっ子であるナイトに活躍してもらって、彼の心をほぐして行かないと。

 私の今後のこともあるが、ジュリアン王子が今のままで幸せとはとても思えないのだ。あれだけのスペックの人なのに。喜怒哀楽の感情が抜け落ちていそうな表情筋も何とかしたいものだ。

 ニーナ姫もいじわる体質ではなさそうだし、何かあれば協力も得られるかも知れない。


「……ではご挨拶も済んだので、私は仕事に戻りますね」


 私は頭を下げて洗濯物を取り上げた。


「あ、ねえトウコ」

「はい?」

「あなた、猫と話が出来るんですって?」

「──いえ、一緒にこちらに来た猫とだけ、たまたま話が出来るだけです」

「それでも素敵! ねえ、私にも会わせてくれないかしら?」


 きゅるん、と擬音が聞こえそうな潤んだ瞳を見て、動物大好き兄妹だったのかと気づく。


「ええと……ジュリアン王子が気に入っておられるので、一緒の時にでも構いませんか? ナイトも騎士団と町の仕事をしているので、意外に忙しいのです」

「ええもちろん! 兄様にも私からお伝えしておくわ」


 ニーナ姫は嬉しそうに帰って行った。

 私は軽くため息を吐くと、洗濯物を干す作業に戻る。

 ……ナイ子さあん、ご指名入りましたあ。ごめんよー勝手に引き受けてー。

 うーん、だけど今度の賄賂はどうしたら良いだろうか。あんまりマタタビばかり上げるのも体に悪いだろうしなあ……あ、友だちのところの猫は鳥肉が大好きで、鳥肉茹でたのを細く裂いて干したのをおやつに上げてたなあ。乾燥させると歯の歯石とかも付きにくいとか。まだナイトにも鳥肉はあげたことないし、それで行くか。量は沢山作れるし、お友だちにもあげられるもんね。

 ナイトのお陰で人間関係が円滑に進められて、彼には頭が上がらないわ。

 本当にナイトが一緒に来てくれて良かった。

 私はポケットからメモを取り出し鳥肉と干し網、と書き込んだ。仕事終わったら急いで買いに行って来ないとね。




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