第20話 新たな出会い

 先日のうちのナンバーワン(と言うかオンリーワンだが)のナイトがジュリアン王子に過剰接待を始めてから二週間。彼の猫好きが加速してしまったようで、私の仕事中に現れては、


「……トウコ、次はいつ来るのだろうか」


 などと言って来るようになり、自然とジュリアン王子との会話も増えていた。

 いや、増えるのはありがたい話だし、少しは言葉数も増えて来たので良い事ではあるんだけど。

 私もナイトとは週二回、予定がない時の訪問と言うことで指名料(マタタビクッキー)を払っているものの、ナイトも町のパトロールや仲間との情報収集だの色々と忙しい。事件や揉め事などがあると夜遅く帰って来ることもあるので、王子様のところに来る予定がずれることもある。

 私の休みには一緒にベルハンのお爺さんのところに行ったりもする。そして、眠るのが大好きなのに、仕事をするぜ飯代稼ぐぜえ~とパトロールして仲間とも連携して飛び回っているので、最近では夕食を食べて少し話したらベッドで爆睡してしまい、少々動かしたぐらいでは起きもしない。

 個人的にお疲れ気味のナイトにあまり無理はさせたくないのだ。

 仕事してる猫なんてのも珍しいからか、騎士団のお兄さんたちともすっかり仲良くなって、YES/NOボードを使って、簡単な会話もするようになったらしい。


「ナイトー、乾燥小魚を持って来たんだが食うか?」

「YES」(てしっ)

「なあナイト、定期巡回するんだがたまには一緒に回るか? 夜にケンカが起きやすいところとか教えといてやるよ」

「YES」(てしっ)


 みたいな感じらしい。騎士団にも溶け込めているようで何よりである。いつの間にか、詰め所にナイト用のブラシとおやつ皿が用意されており、ブラッシングもしてくれるそうで、毛並みも出歩いている割にツヤツヤしていて、ますます男前になって来た。


『でもよう、男はやっぱ力が強いから、たまに痛いんだよな。まあ綺麗にしてくれんのは嬉しいから我慢するけどさ』


 と文句を言っていたが、仕事を褒められたり仲良く出来るのは嬉しいらしい。

 まあそんな忙しいナイトなので、VIP客であるジュリアン王子のところにただ撫でられたりするだけにやって来るのは面倒なのだろう。多分マタタビクッキーがなければ重要度は低いはずだ。

 ごめんねナイト。もう少しジュリアン王子が引きこもりを脱却したら引退させたげるからね。

 そのジュリアン王子も、この頃は単語のぶつ切りのような会話ではなく、滑らかな感じで話をすることも増えた。まあ主にナイトと話す時だけなんだけど。

 町の様子を聞いたりして、彼も情報を仕入れている感じだ。何しろ引きこもりだから、ナイトの話す内容も貴重なのだろう。もっともっと外界に興味を持つようになれば脱引きこもりである。


「最近は物騒になって来たのだな」

「……町の外灯を増やした方が良いな」

「酔っ払いは急に暴れ出す人間もいるから、ケガをしないようナイトも気をつけるんだぞ」


 などとナイトと静かに語っている。もちろん私はナイトの通訳として傍にいる。

 傍にいるから分かるのだが、ジュリアン王子は無表情のままでも語り掛ける口調はあくまでも優しい。猫に対しても人に対しても傲慢さがないと言えば良いだろうか。きっと元々の性格が穏やかなのだろう。私は高圧的な口調で話すような男性は苦手なので、それだけでも好感度が高い。そして大抵の若い女性が好ましいと思えるほどの美形である。運動や剣の鍛錬もしているので体形もほどよく筋肉がついている。身長も高い。その上未来の国王である。とてもあのツルツルしたむちむち国王の血筋とは思えないほどの完成度だが、亡くなった王妃様譲りなのかも。年を取れば国王様のようになるかも知れないが、結婚適齢期にイケメンであれば何の問題もなかろう。未来の姿なんて誰にも分からないもんね。

 ……これで無表情と引きこもりが改善されれば、他国のお姫様とか美貌の貴族令嬢など選び放題だと思うんだけどなあ。

 私は自分が地味で決して美人ではないことを自覚しているし、元から目立つことは好まない。

 ジュリアン王子は好感の持てる人だけど、王族の上に存在自体が目立ちすぎるし、一緒に並んで歩くのは落差がありすぎると分かってしまうだけに、恋愛対象として見ることは出来ない。

 それに美男美女で国を治めてくれた方が、町の人だって嬉しいだろう。

 それにはまず、ジュリアン王子を社会復帰させないとね。彼が外交的になってくれれば国王様も喜んで私もお給料が上がるし、ナイトとの今後の生活のためにも貯金が出来て万々歳だ。

 そう気合いを入れては毎日過ごしていたのだが、ある日私が洗濯物を干していると、


「──ねえ、あなたがトウコ?」


 と背後から声を掛けられた。全く聞き覚えがない声だ。


「はい、そうですが……」


 返事をして振り向くと、そこには癖のない栗色のロングヘアに、ゴールドかと思うほど薄い茶の瞳をした、恐ろしく整った顔立ちの美少女が笑みを浮かべて立っていた。

 誰かに聞かなくても分かる。絶対にニーナ姫だ。

 文句の付けようがない完璧な美貌、恵まれたスタイル。

 ジュリアン王子といいニーナ姫と言い、別次元の人のようだ。

 願わくば、いじわるな方じゃありませんように。

 心の中でそう願いながら、私は次の言葉を待っていた。




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