第19話 どうもーナイ子ですう

「──ジュリアン様、本日はですね、うちのナイトが仕事の前に遊びに来てくれるそうです。ジュリアン様にもご挨拶したいそうで」


 本日は天気が良いので庭での食事だ。

 朝食のお世話が済んだ後、コーヒーを運んだ私が笑顔で報告した。

 私を見上げたジュリアン王子の頬が少し紅潮する。え? そんなに嬉しかったの? その割には顔は無表情のままだけど。


「本当か」

「いや、嘘をついても仕方ないじゃないですか」

「……そうか。そうだな」


 ジュリアン王子はコーヒーを飲みながらソワソワと辺りを見回す。


「あ、来るのはあと三十分ぐらい後だと思います。ちょっと友人に会いに行ってるので」

「そうか……」


 ナイトは昨夜のマタタビクッキーがよほど気に入ったらしく、朝から、


『仲間にも味わってもらいたいから先払いしてくれ。渡したら王子様に会いに行くから』


 と言い出してて、首からマタタビクッキーの入った袋をぶら下げて出掛けて行った。

 まだ働きもしてないのに大量の前払いとは図々しいにもほどがあるが、私としてもナイトが働いてくれないと困るので断れない。何と言ってもジュリアン王子の引きこもり打破が掛かっているのだ。現に来ると伝えただけでこんなに喜んでいるんだし、もしかしたら何度か会ってるうちに少しは表情筋も緩むかも知れない。ナイトが救世主となるかも知れないのだ。


「あの……何でしたら、ナイトが来たらお知らせしますので、お部屋でお待ちになりますか?」

「いや、ここで待つ」

「そうですか。それでは私は少々窓拭きの仕事をして──」

「トウコはここにいろ」

「え? 何故ですか」

「ナイトが来て話されても分からない」

「いえいえ、来たら呼んで頂ければすぐに参りますし」

「最初の挨拶を聞き損ねるだろう」

「……はあ、まあ」

「だから一緒に待つ」


 まあメインの仕事はジュリアン王子のお世話なので別に良いのだが、額に汗して労働してないと、お給料もらう立場の人間として良心が痛むのよねえ。

 ……メイド仕事の方は、ナイトの通訳終えてからにするか。ぼんやりとそんなことを考えていると、草むらを抜けてナイトの黒い体が飛び跳ねるようにこちらに走って来た。

 ジュリアン王子がふわりと立ち上がった。アイドルの出待ちのようである。


『よお! トウコのクッキー、みんなすげー喜んでた! あんがとな! ……王子様も元気か?』


 私が通訳するとジュリアン王子は、


「ああ、元気だ」


 とナイトに頷き、しゃがみ込んで頭を撫でた。

 私はナイトに目配せする。昨夜話し合った際に、あざといぐらいに可愛さアピールをしろと伝えてある。ただでさえ猫は存在が可愛いのだが、ナイトは表ではクールと言うか、気を許さないと言うか、私にも甘えて来たりはしないのだ。ええかっこしいとも言える。

 私の部屋ではヒゲに綿ぼこりがついたままだったり、撫でろと顔を押し付けて来たり、枕元でお腹出して寝てたりとか愛らしいことこの上ないのだが。

 これはジュリアン王子の感情を引き出すためだから、より可愛がられるために頑張って欲しい、成果が出たらバイト料も弾むからと頼んでいる。

 要約すれば、クラブのお姉さんのように見た目アピールとご指名を取れるような接客をしろと言う話である。

 ナイトは私を見て、ふう、とため息をつき、ふにゃあん、と鳴きながらジュリアン王子の足に円を描きながら体をこすりつけ出した。ジュリアン王子は嬉しそうにせっせと背中を撫でている。顔は能面のままだけど、目をほんの少し細めている。

 もう良いか? と言いたげにこちらを見るナイトに手をサッサッと払い、もっと行けと指示する。

 みゃあん、と鳴いたナイトはジュリアン王子の撫でてない方の指を舌でペロリと舐めた。


「……猫の舌はザラザラなのだな」


 驚いたように手を眺めたが、別に嫌がってはいないようだ。

 またしばらく好きなように撫でさせた後、ナイトはすっとジュリアン王子から体を離した。


『おっと、俺はこれから仕事に行って来るから、またな王子様! トウコも仕事頑張れよ!』

「ナイトも気をつけてね」


 ナイトはくるっときびすを返すと、また門の方へ向かって走って行った。


「──少しは私に慣れただろうか」

「え? ああ、そうですね。また会おうと言ってました」

「そうか……可愛いな」


 ナイトの姿が見えなくなるまで見送っていたジュリアン王子は、立ち上がると寂しそうに部屋に戻って行った。

 ──よし、良くやったわナイト。次のご指名は取れたぞ。

 私は満足気に頷いていた。




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