第18話 ホストの派遣

『うえ? 俺がそんなことやんのかよ。やだよー俺にも仕事があるんだってば』

「お願いよナイト! ジュリアン様が小動物が好きだって分かったんだから、ここはゴリ押すべきだと思うのよ私」


 私が必死にナイトにお願いしているのは、ナイトにもう少しジュリアン王子と頻繁に接触して欲しいということである。

 先日ナイトを撫でたジュリアン王子は、翌日以降ちょくちょく私の仕事中に現れては、


「……今日はナイトは来ないのか」


 と尋ねて来るようになった。大好きな自室から出て、屋敷で清掃作業をしている私を探しに来るだけでもかなりの進歩である。ここから引きこもり脱出へ大きなステップアップをしたいのだ。


『そんなこと言ってもよー、俺も餌代稼ぐのに忙しいんだよ』

「ほら、でも夕方以降の方が悪さする人は見つけやすいって言ってたじゃないの。お昼間は割と暇じゃなあい?」

『暇って言えば暇だけどさ、町の仲間からの情報収集とかもあるじゃん』


 仲間というのはもちろん町の野良猫や飼い猫のことである。彼らはナイトが騎士団の仕事の手助けをしているのを知ってからかなり友好的になったそうで、たまに有益な情報をくれるんだとか。

 私は彼らの猫語は分からないが、たまにニャゴニャゴとナイトと語っているのは見かけている。ナイトに友だちが出来て嬉しいとは思う反面、ほんの少し寂しくもある。


「でもジュリアン様が社交的になって、外に顔を出すようになるのは大切なのよ。彼が良い国王になれば、私たちが住む国だって良いものになるはずだし、私の給料だって上がるのよ」

『トウコの給料が上がるのか……』


 そう、今後何が起きるか分からないのだし、ここを辞めたら王宮の外にアパートを借りたり生活用品を買ったりしなくてはならない。それは楽しいことでもあるのだけど、先立つものはお金なのである。身寄りのない女と猫一匹、この先の生活を支えるにはある程度の資金がいるのだ。


「そうよ。お金お金と言いたくはないけど、私たちってほら、他に家族がいる訳でも住み慣れた国にいる訳でもないじゃない? ナイトにご飯の苦労はさせたくないし、病気になったりしたら病院に行くお金もいるでしょ? お金で買える安心ってのもあるのよ」


 お金で苦労していた家族である。いくら守銭奴と言われようともお金は大事なのだ。夢見るうら若き乙女としては情けない限りだが、良く言えば地に足のついた人、という考え方も出来る。

 そして、私は一つの秘策を持っていた。


「パトロールの方が好きだろうし、気が向かないのは分かるんだけどね、そこを何とか。──実は、それに対する報酬も用意してあるのよ」

『……報酬?』


 私はにっこりと笑うと、クローゼットの奥に入れてある箱を取り出した。中から取り出した袋をナイトに見せる。


「じゃじゃーん!」

『何だそれ?』

「マタタビクッキーでーす」


 私は袋を閉じていた紐をほどき、中からぼうろサイズに小さく丸めて焼いたクッキーを取り出した。

 私には分からないが、良い匂いを感じるのかナイトの鼻がひくひくと動く。


『何か美味そうな匂いがすんな』

「まあ一つ食べて見て」


 私はナイトのご飯用の器に一つ置いた。ナイトが少しかじって『……おおっ』と呟くと、あっという間に器は空になった。


『トウコ、これなんだ? 何かすげー気分が良くなって来た……』

「これは中にマタタビって言う果実を粉末にしたのが入っててね、猫がリラックスしたりストレス解消する効果があるんだよ。たまたまこの間食材を買いに行った時に見つけたんだけどね」


 私が休みの日は町で食料や生活雑貨を見るのが習慣になっているのだが、少し前、ニンニクみたいな見た目のものが籠に入れて売られていたのでお店の人に聞いたのだ。

 聞けばマタタビで、こっちの国ではお酒に漬け込んで飲むらしい。ああ、マタタビ酒って聞いたことある。生のマタタビを見るのは初めてで驚いたが、これは乾燥させて粉末状にすればナイトにご褒美感覚で使えるのではと思い、乾燥させてゴリゴリと粉末にして保存しておいた。

 今回のお願いをするために、それを使ってクッキーを作ったのである。もちろん砂糖や塩などは使ってない。小麦粉と煮干しを粉々にしたのとマタタビの粉だけである。

 それでも小麦粉のアレルギーがあったりするといけないので、小さく丸めて焼いたのだ。


「具合が悪くなったりしない? 体が痒くなったりとか?」

『んー? だいじょーぶー、もっと食べたいぞー』


 ゴロゴロいいながら私にすり寄るナイトに、内心でこれはいけるぞ、と思った。


「……これさ、作るの時間かかるし大変なのよ。でも、私のお願いを聞いてくれるなら頑張って作るつもり」

『ああ、あの王子様のやつかー? うーん、でもよお……』

「それにさ、仲間にもお世話になってるんでしょう? そのお礼ってことでマタタビクッキー上げたいと思わない? ナイトの首に下げられる袋を作って、それに入れてあげるよ。仕事中のおやつにもなるよ。でも、あまり食べ過ぎると体にも良くないから一日一個だけね」

『え? マジか? そんならやる!』


 尻尾を振りながら元気に返事するナイトに私は笑顔を見せ、(……勝った)と心で呟いた。

 ジュリアン王子、ウチの子が明日からサービスしてくれるんですって。楽しみですねえ。




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