第17話 猫、お好きですか?

「わあ、沢山収穫しましたねえ! ……恥ずかしいところ見られちゃいまして。私と一緒にこっちに来た猫なんです。相棒みたいなものなんで、ついいつも話が出来るみたいに話し掛けちゃいまして。ほら、こちらで親しい人も少ないですし、この子人懐っこいもんで良く鳴くんですう~会話してるみたいでしょう? あはははは」


 私が真っ先にしたのはすっとぼけることであった。

 ジュリアン王子がせっかく少しだけ心を開いた、というか会話で社会との接点を持つようになったのに、身近で働いているメイドが、迷い人とはいえ猫と会話するという電波系なことをしているのだ。もしかして自分は頭のネジがおかしい女の話をありがたく拝聴して態度を改めるようになったのだろうか? などと要らぬ誤解をされ、また無口な引きこもり──いや今も無口には変わらないのだが──に戻られたら元の木阿弥である。

 いや、にゃごにゃご言ってる飼い猫と会話を交わせてるつもりになっている飼い主は意外といるはずだ。それに、国王にも変に思われるので知っている人間以外に口外はしないよう言われたんだもーん。一番偉い人に言われたんだから私は悪くないもーん。まあ女性って幾つになってもドリーミンなものじゃない。あーそうなんだで終わるはずよ。

 だが、私の無垢なふりをしたすっとぼけもジュリアン王子には全く通用しなかった。


「嘘だ」

「……え? 嘘って?」

「トウコは、嘘が下手だ」

「へ、下手って言われてもですね、本当のことで……」


 初めて名前を呼ばれたことにドギマギしつつも何とか返事をする。

 ジュリアン王子は首を横に振った。


「嘘に、罪悪感がある。目で分かる」

「あの……でも……」

「嘘は良くない」


 無表情ながらも紫がかった青い瞳はミステリアスで、全てを見通されているような気がする。ここで国王の言うまま嘘をつき通す方が彼の信用を失うかも知れない。


「……でも、頭がおかしいとか、思いませんか?」

「ああ」

「信じて、くれますか?」


 静かに頷くジュリアン王子に、私は仕方なく打ち明けることにした。




「……なるほど」

「──そういうことで、知っているのは国王様と私たちを保護してくれた騎士団の人たちとベルハンさんだけなんですけど。まあ一緒に来たせいなのか、私としか会話出来ないんですけどね、ナイトは。それでまあベルハンのお爺さんに頼まれて、ケヴィン隊長のところの騎士さんたちと連携して、町の見回りのバイトをしてるんです。今日は誘拐犯を捕まえる手助けが出来たそうで、喜んでて」

「……興味深い」


 チラチラとナイトに視線を向けているので、ナイトは居心地が悪そうだ。


『なあトウコ、王子様が喋るようになったってさ、こんなぼそぼそとぶっきらぼうな感じなのか? なんか無愛想なんだな。騎士団の奴らとは大違いだ』

「あ、うん。でもすごい進歩なんだよこれでも!」

「……彼は何を?」

「え? ああ、ええとですね、最近ジュリアン様が話すようになったことを伝えているので、実際に見て喜んで──」

「嘘だ」


 もうやだ、顔に出ちゃうのね。私は嘘をつくのに向いてない。


「……話すようになったって聞いてたけど、思ってたより無愛想だなって。騎士団の人たちを見慣れているので違和感があるようです。失礼言ってすみません」

「構わない」


 ジュリアン王子はナイトに向き直ると、ゆっくりと告げた。


「話をしない、時期が長かったから、まだ、慣れてない。不愛想は、良く言われる」

『お? 王子様いま割と長く話せたじゃん。まあずっと話してなかったらそりゃ慣れるまで時間かかるよな、うん。だけどよ、王子様もこれから偉い人になんだろ? もっと流暢にに話せるようにこれから頑張ろうぜ? な?』


 ナイトは彼の足元で靴の辺りをてしてしと前足で叩く。あんた何で上から目線なの。そんで話し掛けるのやめなさい。ベルハンのお爺さんと同じようにじっと私を見てるんだってばジュリアン王子が。


「あ、えっと、これから偉い人になるんだろうから、もっと流暢に話せるよう頑張って欲しいと」

「……分かった」


 特に機嫌を悪くするでもなく、素直に頷いたジュリアン王子は、撫でてもいいか、と私を見る。


「あ、別に本人が嫌がらなければどうぞ。あまりガシガシと強くやらないで下さい。男性は力が強いのでたまに痛くなるそうです」

「ああ」


 ジュリアン王子はゆっくりとしゃがむと、ナイトの頭を撫でた。


『おお? 力加減が絶妙だな。悪くねえぜ。何なら喉元も撫でてくれてもいいぞ』

「今ぐらいの力で良いそうです。喉元も撫でて良いと」

「……ゴロゴロ言ってる」

「気持ち良かったりすると猫ってゴロゴロ言うんですよ。良かったですね、気に入ってもらったみたいです」

「──可愛いな」

「……もしかして、猫、お好きですか?」

「小さい生き物は、好きだ」

「ご自身でも飼えばいいじゃないですかお好きなら」

「執務で……可哀想だ」

「そっか。他国へも行ったりして不在になることもありますもんね」


 頷くジュリアン王子は、少し寂しそうに見えた。

 黙々と撫でてから、また会わせてくれ、と私に言うと、


「帰るか」


 と立ち上がった。ナイトはこれから周辺の散策をするぜー、と走って行った。

 ……なるほど。小動物が好き、猫も撫でたいほど好き、と。

 私はジュリアン王子の後ろを歩きながら、少し考えていた。




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