第16話 お手柄

 私が心配していたクビの話は、その後何日経っても特に何も言われることはなく、いつもの変わりない日常が更新されていた。職探しせずに済んで良かったわ本当に。

 変化したのはジュリアン王子である。

 朝食ではミシェルや他の給仕した人間に「ありがとう」と言い、食事が済めば「ごちそうさま」と告げる。「紅茶」「コーヒーが良い」「いる」「いらない」などたまに希望を伝えることもある。

 最初は戸惑い、動揺していたミシェルたちも、今では素直に喜んでいる。

 見た目も頭もゴムまりのような魅惑のツヤツヤワガママボディーの国王が、スキップせんばかりの軽やかな足取りで仕事中の私のところに現れ、目を潤ませながら私の手をガッシリと掴むと、ぶんぶん振り下ろして感謝の意を伝え、給料も一万上げてくれると教えてくれた。


「トウコならやってくれると信じておったぞ!」

「えっと、はあ、その……ありがとうございます」


 国王の圧に押しつぶされそうになりながらも何とかお礼を言う。


「ですが、まだ彼の会話というのも三歳児でももっと喋るだろうというレベルですし、長い会話は一切しません。顔も無表情のままですよ」

「そんなもん、これからどうにでも変化するだろうて。何しろまた話すようになっただけで、今は奇跡のようなのだから! 来月戻って来る娘のニーナもさぞ安心するだろうよ」

「あ、ジュリアン王子の妹さんですね。そのニーナ姫が留学終えて戻られるのですか?」

「そうなのだ。以前から兄妹仲も良くてな、ずっとジュリアンのことを心配しておったが、今後どこかに嫁ぐとしても、王族として困らない程度の知識と教養は身に付けないとならんからなあ。十二歳から十六歳まではこの国の王族や子爵位以上の貴族は、隣国の全寮制の学校に行く義務があるのだよ。あそこは色んな国からエキスパートが揃っておるからの。地位もとっぱらい、自分のことも自分でやれるようビシビシと鍛えられる」

「なるほど……」


 いわゆるエリート養成学校という感じだろうか。

 多分ジュリアン王子があれだけ完成度の高い顔立ちをしているのだ、きっと妹のニーナ姫もそらもうびっくりするほどの美人さんなのだろう。彼女が戻って来ることでジュリアン王子にも良い影響が表れてくれるに違いない。仲良しみたいだものね。

 どちらにせよ、ジュリアン王子が少しずつでも外界と接点を持つのは良いことだ。どうして今まで話をしなかったのか理由も不明なままだが、特に私に対して悪意を向けてくることもないし、先日の件で私に対してどうこうするつもりもなさそうなので、個人的には一安心である。しばらく路頭に迷うことはないだろう。

 そして私は、引き受けたからには責任をキッチリ果たしたいタイプの人間である。

 ……ということで私の行動も今まで通りアルティメットスタイルで行くことにした。


「ジュリアン様ー、川越えてすぐのところ(これも王宮敷地内)でプラムが豊作らしいんです。コンポートにしても美味しいし、ジャムにも出来ますし、生でも食べられますよ。もうすぐニーナ姫も戻って来るとのお話なので、帰られたら楽しめるよう収穫して来ましょう! ジュリアン様は良く本も読まれるし、プラムって眼精疲労にも効果があるんですよ。貧血にも良いらしいですし」


 一言二言は発するようになったとは言え、彼の引きこもり症状がなくなっている訳ではない。剣の鍛錬以外は王宮内の屋敷で本を読んでいることが多いので、私が引っ張り出すしかないのだ。

 釣りは気に入ってくれたようで、誘うといそいそと付いてくる。


「……美味しかった」


 だそうだ。質素倹約が日常だった私は食材を無駄にするのが大嫌いなので、ちゃんと食べたということを聞いて嬉しくなった。王族だからって食べ物を粗末に扱うのは許せないもんね。

 私は少し興味を持ったらしいジュリアン王子を連れ、籠を持ってプラムを収穫に向かう。

 オレンジ色から赤みがかったもの、既に真っ赤に色づいて熟しているものまであるが、ジュリアン王子には真っ赤なものだけにして下さいね、と伝えそれぞれ別れてもぎ始める。

 熟しすぎた果実が落ちて実がこぼれたものもあるせいか、周囲にはプラムの甘酸っぱい香りが漂っている。収穫した一つを皮を剥いてかじると、甘みのある果汁が大量に出て大変に美味しい。

 保存食に出来る食材って素晴らしいと思いつつ、食べ終えてべとついた手を拭っていると、


『おーい、トウコ~』


 と声が聞こえて来た。辺りを見回すと、ナイトが走ってくるのが見えた。


「あれ、どうしたのナイト?」

『いやあ、急いで伝えたくてよー』


 ナイトはぴょんっとしゃがんだ私に飛び乗ると、尻尾を振りながら自慢げに報告してくれた。

 どうやら彼は本日お手柄を上げたらしい。


『人さらいを見つけて捕まえたんだ!』

「ええっ? すごいじゃないの!」

『そうだろう? お給料増えるんじゃないか?』


 話を聞くと、道端で嫌がる子供を抱えて馬車に乗り込む男がいて、すぐそばのパン屋から出て来た母親が子供を呼びながら半狂乱になっていたので、人さらいだと分かったと言う。とっさに馬車の後を追い掛けて、町外れの一軒家に入ったのを確認して、大急ぎで騎士団の詰め所に行ったら、ちょうど騎士団長のケヴィンがいたので必死に鳴いて訴えたそうだ。

 ケヴィンもケヴィン直属の部下たちもナイトのことは知っているし、ベルハンに言われて警備の仕事の手伝いをしていることも把握している。だが、ナイトと話が出来るのは私だけなので、彼らはナイトが来た時のためにボードを作っており、壁に立てかけてあった。

 どのぐらいの人手がいるのか、武器は必要か、YES/NO程度の簡単な情報でも当然事前に知っておいた方が嬉しいし二度手間も防げる。


「ナイトか。……人数はどのぐらいいる?」


 と言われ、大勢の人の形をした絵のところをてしてしと叩いたそうだ。ついでに剣と兜の絵がついたところも叩く。要は大勢で武器などの装備も必要という意味だ。

 それを見た騎士団の面々は険しい顔になり慌ただしく準備を始めた時に、子供の母親が詰め所に飛び込んで来て「娘が、娘がいなくなったんです!」と涙ながらに訴えたそうだ。


「おいナイト──この誘拐の件か?」


 YES! YES! YES!


 ナイトが必死でボードをタッチすると、騎士団の動きがさらに早くなったそうだ。どの世界でも似たようなものなのか、幼い子は働き手として他国へ売られる以外も、幼児趣味のある変態に性的虐待を受けたりすることも多いので、早急な動きは必須である。

 ナイトは馬車に乗った騎士団を連れ、町外れの家まで案内をしたそうだ。


「ナイト、お前はケガをするといけないから少し離れたところにいろ」


 ケヴィンに言われて離れたところで見ていたら、一斉に押し入って人さらいの男たち五人と、さらわれた子供以外にも別の二人の子供がいて、その子たちも救出されたそうだ。


『俺は人間の子供には優しく撫でてもらったり餌をもらった良い記憶しかねえからさ、子供たちをひどく扱う奴らは許せねえんだ』


 フスフスと鼻息を荒くしてまだ興奮している様子のナイトの頭を撫でる。


「そりゃお手柄よナイト。子供たちも無事で良かったわ。今日は私の分の魚焼いてあげる!」

「……会話……?」


 私が声を聞きハッとして振り返る。

 そこにはプラムの沢山入った籠を持ったジュリアン王子が、私とナイトを見つめていた。




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