第15話 養ってくれるそうです

『おお、ようやくあの王子から言葉を引き出したのか? やったじゃねえかトウコ!』

「うん、まあね……」


 その晩、私はナイトに一番大きなニジマスを焼いて、良くほぐして器に入れた。私は食欲がなかったので残りのマスはワタを取って下処理すると、共用の冷蔵庫にしまう。

 部屋に戻るとナイトの前に器を置いて、自分はベッドにぼんやりと腰掛けた。

 嬉しそうにモグモグと食事をしているナイトに今日の出来事を説明すると、とても喜んでくれた。


『……何だよ? 気合い入れてた割にあんまり嬉しそうじゃねえな』


 食事を終えて、私の様子に気づいたナイトがベッドに飛び乗って顔を覗き込んだ。


「──いや、ちょっとジュリアン様に言い過ぎたかなあって」

『は? いや、別に悪いのはあっちだろ? 悪気がなかったとしても、下着姿を見られるのって人間の女としてはアレなんだろ? まあ俺らは常に真っ裸だけどよオスもメスも』

「いや、それはそうなんだけどさ。そうじゃなくて、話したくない理由があったかも知れないのに、無理に話をさせた方が礼儀に欠けてるんじゃないかな、とか」


 いくら失礼な態度だろうが、彼は王族なのだ。日本人で一般庶民の私は、ただ会社の社長とかみたいな「偉い人」みたいな認識だけども、王族というのはこの国では並ぶ者がない最高位の立場である。要は何をやってもオッケーな人たちなんだよね、国王も王子も、まだ見てない留学中の妹姫様も。

 それをいくら他国からの迷い人だからと言って、それをないがしろにするような発言をして良かったのだろうかという思いがずっと残っている。それは立場を利用した傲慢さや慢心……つまりは私の嫌いだったバイト先の上司となんか変わらないんじゃないか。

 私はそんな思いをナイトに打ち明ける。

 毛づくろいをしながら黙って聞いていたナイトは、私のももに前足を乗せた。


『……人間の偉い偉くないって良く分かんねえけどさ。俺は野良猫だからよ、例えば餌を探したり、寝床を探したりって自分でやるしかないわけさ』

「うん……?」

『だけども、ケガをしたり、どっかに落っこちて自分じゃ上がれないとか、餌が見つからないとか助けが欲しいことってあんだよ。そういう時ってどうするかって言うと、鳴くんだよ』


 私は黙ってナイトの話を聞く。


『どっかの人間が通りかかって助けてくれるかも知れないし、仲間が見つけて何かしらしてくれるかも知れない。何もなくてただそのまま死ぬだけかも知れない。でも鳴くんだよ。万が一の可能性にかけて』

「そっか……」

『トウコが実際に言い過ぎたのかどうかは俺には分かんねえけどさ。でも、意思疎通が出来る手段を使わないままどうにかしてくれ、って言うのは、甘えてんなあと俺は思う。それはどんな事情があったとしても、生き物として、集団生活を送っている人間としてやったらいけないんじゃねえの、と俺は思う。……まあ、俺たちは鳴かないと生命の危機に直結するし、何かあっても助けも呼べないからって切羽詰まってるもんがあるから、人間とは違うんだろうけどよ。だから俺はトウコが間違ってないと思うぜ? もし間違ってたら謝りゃいいんだし──おい、肉球を揉むな。爪が出るだろうが』

「うんごめん……ありがとう」


 ナイトと思念で会話が出来て、私は本当に心強いんだよ。

 家族もいなくて、友だちもいなくて、自分が死んで別の異世界にいると分かって、不安で不安で仕方ない時もあるけど、ナイトがいるから頑張れるんだよ。

 私だっていずれはこの国の人と結婚する、かも知れないし、ナイトにもこれから家族が出来るかも知れない……ん? 家族?


「あの、ちょっとごめんねナイト」


 私はナイトの前足を掴んでにゅーんと体を持ち上げて確認する。……良かった、あるわ。


『何すんだよ急にっ!』

「いや野良猫だったって言うから大丈夫かなとは思ったんだけど、その、奥さんと家族が増えるかな、とちょっと心配で。本当に申し訳ない」


 私は頭を下げた。


『大事なとこを凝視するから何事かと思ったじゃねえか! そういうの何て言うか知ってっか? 変態って言うんだぞ?』

「ごめんね。ナイトが奥さんもらって子供が生まれたら、私にも家族が増えるしいいなって思ってさ。──あ、いやもちろん私とずっと一緒に暮らしてくれとか言うつもりもないし、奥さんと子供を大事にして、たまに遊びに来てくれるぐらいでいいんだけどさ」

『奥さんに子供ねえ……今のところ盛りの時期でもねえし、別に気になるメスがいる訳でもねえけど、いずれはツガイになる相手見つけるんだろうなあ』

「人間から見てナイトってイケメンな方だと思うから、絶対美人が寄って来るよ! 最近栄養取ってるから肉づきもあって毛艶も良いし」

『そっか? まあでも俺がトウコから離れるこたあねえよ。だってトウコと一緒に来たんだし、何たって人間で話が出来るのトウコだけなんだぞ? 俺だって自分の気持ちとかが伝えられるの嬉しいし、安心するんだよ。……俺だって全く知らない国で生きて行くの、ちょっと怖いんだからさ』

「……あ、ナイトもそういう気持ちなんだねえ。私もナイトのお陰で安心出来るよ」

『おう。だからよ、王子が腹を立てたりして、もし仕事がなくなってもよ、とりあえず俺も仕事してるからさ。一生懸命お手柄を上げてお金沢山もらえるよう頑張るから安心しな』

「あはははっ。その時はしばらく養ってもらうわ」


 まあ一万や二万で人間と猫一匹が生活できる訳ではないが、彼の気持ちはありがたい。

 私は肩にのしかかっていたものがふっと軽くなった気がした。




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