第14話 王子の声

 私が濡れた下着やメイド服を袋に突っ込み、着替えを済ませて部屋を出ると、キッチンの隅っこで大きな体を縮めるようにして立っていたジュリアン王子が、改めて近寄って来て頭を下げた。

 私は庭師のおじさんにタオルを返してお礼を言うと、ジュリアン王子に向き直った。


「……ジュリアン様、私は怒っています」


 そうだろうと言うように頭を改めて下げる彼に話を続ける。


「別に、着替え中の半裸の状態を見られたから怒っているのではありません」

「……?」


 顔を上げ、少し首を傾げるジュリアン王子は相変わらず腹立たしいほど美麗だ。


「ジュリアン様は喋れないのではなく、喋らない、のですよね? 失礼なことをしたと思っている人間に対しても頭を下げるだけで黙ったままなのですか?」

「……」

「この国の王子なのだから、何をしても許されると思っているのかも知れませんが、ジュリアン様が会話を拒否していることで、私以外の王宮で働く人間は身振り手振りでジュリアン様の意思を推測するよう強制されています。これがかなりの負担なのはお分かりですか? 言葉で言えば素早く間違いなく意見が正しく伝わるであろうに、働く側は不要な負担を強いられているんです」

「お、おいおいトウコ──」

「おじさんは黙ってて下さい。──ジュリアン様、今ジュリアン様は頭を下げて私に謝意を示したおつもりでしょうが、私の目が不自由だったらそんなものは見えませんし、例え見えてても何に対して頭を下げているのかは分かりません。ジュリアン様は、謝罪を受ける側にまで自分の意思を推し量れと言っているのですか? それは果たして謝罪したことになるのでしょうか?」

「……ッ」

「会話を交わしたくない理由があるのであれば、言ってくれなければ分かりませんし、これから国を治める方として、誰とも会話をせずに過ごすなんてことは出来ないと思います。ジュリアン様は元々話が出来ない方ではありませんよね? それに、自分が悪いと思ったことですら言葉で謝罪もしないのは、他国から来た人間から見ても非礼だと思いますし、誠意がないと思います。王族というのはそれを当たり前とするルールがあるのですか?」


 ……いかん、つい腹が立って本音をぶちまけてしまった。

 でもですよ、ずっとこんなワガママを許していてはいけないと思う自分もいるのですよ。

 だって王子なんだもん。責任ある立場なんだもん。

 黙ったままうつむいているジュリアン王子を見て、少しため息がこぼれる。言っても無駄だったか。クビになるかも知れない。まあこういう風に考えている人間もいるんだと伝えられただけでも良かったけど、王子からクビを言い渡されたら、国王からもらう予定だった退職金はどうなるのかな。もう少し我慢すべきだったかしら。新しい仕事見つかるまでナイトに貧乏暮らしをさせる羽目になっちゃうなあ。まあ今日の魚をたんと食べさせて許してもらうしかない。

 私が反省していると、とても小さな声が聞こえた。


「……かった」

「──え?」

「……悪かった。すまない」


 王宮で働き出して初めて聞いたジュリアン王子の声は、バリトンボイスの美声だった。顔も美形で声も美形って神様不公平じゃないの。

 でも、私の意見を受け入れてくれたのが本当に嬉しかった。


「はい。謝罪は承りました。さっきの件は許します。……ですが、今度からも少しずつでいいので王宮で働く人間にも声を掛けてあげて下さい。誰かの心情を察するというのは、身内ですらなかなか大変なのに、更に王族なんですからね。従業員がベストな状態で仕事をこなせる下地は上の人間が作って頂きたいです。これは最低限のマナーです」

「……分かった」

「ジュリアン様がまともに話しているのを聞いたのは十年以上ぶりかも知れん……」


 庭師のおじさんが驚いたような顔で呟いていたが、一語、二語をまともな話とは言わないんですよ。でも、スタート地点には立てた。


「さて、私も寮に戻って魚をバケツに放り込んだら仕事に戻らないといけませんので、もう帰りましょうか」


 こくりと頷くジュリアン王子に、(……まあ徐々に、だよね。クビの皮は何とか繋がってるみたいだし)と気持ちを切り替え、庭師の家を出て歩き出した。




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