第13話 水もしたたる何とやら
「……わはははは、私の勝ちですねジュリアン様!」
勝手に始めた釣り勝負だが、当然ながら経験者の私の追い込みにより、私が六匹、ジュリアン王子が四匹と二匹の差をつけて勝った。最初に彼が釣り上げた大物を超えられるサイズこそなかったが、数勝負なので勝ちは勝ちである。
大人気ないと言えば大人気ないが、超初心者に初っ端から負けていたのでは、父の付き添いとは言え数々の釣り場を巡った私のプライドが許さない。
……もうその父親にも会えないけれど。
「さあ、そろそろ片付けて帰りましょうか」
こくりと頷いたジュリアン王子が釣り竿に糸を巻き付け始める。負けたとは言え、初めての釣りは結構楽しかったのかも知れない。水の中に入れている魚籠を何度も覗いている。
私も釣り竿に糸を巻き付けると、川から自分の魚籠を持ち上げようと手を伸ばす。
だが、思ったより水の抵抗があったのか予想外に魚が重たかったのかは不明だが、私はバランスを崩した。
「うおっっ」
踏ん張れないまま、まるで男のような声を上げて川に落下する。川底に座り込んだ状態で首元ぐらいまでしか浸からない深さなので溺れることはなかったが、当然ながら全身がずぶ濡れである。
驚いたジュリアン王子が自分の釣り竿を放り出して私に手を差し伸べて来たので、手を借りて岩をよじ登る。服が濡れてやたらと体が重たくなっていたので助かった。
「……ジュリアン様、ありがとうございました。ふうう、助かりましたあ」
スカートからぽたぽたと滴る水を軽く絞るが、絞るそばから水が滴る。
暑い位の季節なので水浴びみたいでむしろ気持ちが良いぐらいだが、何しろ動きづらいしこの後の窓拭き仕事も残っている。早く着替えに帰らなくては。
私とジュリアン王子は魚籠と釣り竿を持って庭師の住居まで戻る。歴代の庭師は薬剤とか作業器具などが沢山あるので、他の人のように寮ではなく倉庫兼住居が貸与されている。
「おお二人とも大漁じゃないですか! ……ん? トウコは何でびしょ濡れなんだ?」
人の良さそうな庭師のおじさんが魚籠の中と私を見て驚いた。
「あはは、魚籠を上げようとして川に落ちちゃいまして。ドジりました」
「おいおい。とりあえず副メイド長のとこ行って替えのメイド服を受け取って来るから、タオルで髪でも拭いて待ってな。その格好じゃ絨毯も濡れちまうだろ」
「すみません。ありがとうございます……」
頭を下げる私に「いいって、俺はもう仕事終わったし」と朗らかな笑みを見せて出て行く庭師を見送ると、ジュリアン王子に向き直る。
「ジュリアン様、最後バタバタしてしまい申し訳ありませんでした。ご自身で釣り上げたものは、厨房に持って行けば調理してくれるよう料理長に話はつけてありますので、ムニエルでも何でもお好きなように頼んで下さい。私は着替えてから仕事に戻りますので、すみませんがお見送りはこちらからで失礼します」
ジュリアン王子は紫がかった綺麗な青い瞳で私をじっと見て、首を横に振る。そして、私と自分を指差すと、指でトコトコと歩くような仕草をした。
「え? ……待ってて下さるんですか?」
コクコク。だから喋れ。
「いや、それは申し訳ないですから!」
首ふりふり。いいから喋れ。
「いやいやお戻り下さい」
首ふりふり、とお互い譲らないでいる時に、庭師のおじさんがメイド服を抱えて戻って来た。
「あ、ありがとうございます!」
もういいや、とメイド服を受け取り、そこの寝室使っていいぞと言われたのでお礼を言って部屋に入る。
(……王子はフェミニストなのかな? 女性を一人で帰らせるのは礼儀に欠けるとか? 気にしなくていいんだけどなあ)
メイド服を広げると、紙袋に入った下着も出て来た。流石ミシェルさん、気遣いの人である。
ブラは日本で売っているスポーツブラみたいなもので、動きやすいため女性が仕事する際にメインで使うものらしい。お洒落なレースついた普通のブラも売っているが私は常にこれである。だって楽だもの。パンティーは日本でも良く見るデザインのものであるが、柄ものは少なく単色のが多い。
苦労しながら水を含んで脱ぎづらいメイド服を脱ぎ、一息つく。さて下着を脱ぐかと思ったが、髪を拭っていたタオルを先ほどいたキッチンの方に忘れていたことに気づいた。体も濡れているから着替える前に体も拭きたかったが……しょうがないか。
と思いブラに手をかけたところでノックの音がして、返事する前にドアが開いてジュリアン王子がタオルを持って入って来た。いや、忘れていたのに気づいて持って来てくれたのは分かる。だが既に着替え中かも知れないということを何故考えない。王族だからなのか?
人間、あまりに驚くと沈黙するらしい。
私はブラに手を掛けたまま固まり、ジュリアン王子も扉から二歩足を踏み入れたところで固まった。
二秒か三秒の短い時間が永遠にも思えた時、ジュリアン王子は私にタオルを投げつけて頭を下げると素早く出て行き扉を閉めた。
恐らく、これ以上足を進める訳には行かないし、かといってタオルを床に落とすのも汚いし、ととっさに頭を働かせた結果が「投げつける」という行為だったのだろう。別にそれはベストではないかも知れないがベターな判断だと思う。真っ裸ならまだしもスポーツブラと下着はつけた状態だったし、水着だったらもっと攻め込んだデザインもある。悪気がないのも分かっているし、そこについては恥ずかしいけど別に怒ってない。
だが私は、別の意味で少々怒りを覚えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます