第22話 ピクニックいこか

 幸いにも、王子様に顔見せに行くついでに姫様とも会うだけ、と言う説明をしたところ、ナイトは


『ああ、そんなら良いよ。だって行く回数は変わらないもんな!』


 と快く引き受けてくれた。ただ、私の賄賂である鳥ジャーキーについてもお試しで献上したところ相当気に入ってくれたので、そのせいかも知れない。


「ジュリアン様と同じく猫である可愛らしさを存分に発揮してちょうだいね」

『分かってるって。アレだろ? 可愛い声で鳴いたりすりすりしたり、肉球触らせたりすりゃいいんだろ? まあ体をこすりつけるのって、単にマーキングしてるだけなんだけどな』

「あらそうなの?」

『そりゃ、可愛がってくれる人はメシくれたりするし、撫でてくれたりするだろ? 他の奴らには俺のだから手出しすんなって牽制してんだよ。人間みんなが優しい訳じゃねーし』

「なるほどねえ。じゃあご飯をあげてる私もすっかりマーキングされてるんだね」

『バカ言うなよ。トウコは別枠じゃねえか。だって家族だもんな!』

「そっか」


 私はちょっと嬉しくなってナイトの頭を撫でる。ああ、ガリガリだった以前と比べて見違えるほど肉付きが良くなったなー。ブラッシングもしてるから黒い毛もツヤツヤサラサラだ。そこらの子たちとはイケメン度が違うわ。


「じゃ、明日のためにお風呂入ろうか」

『うげ……だからさあ、俺は今まで雨で体を綺麗にして来てたんだから良いってば』

「あのね、あんたは毎日外を出歩いてるんだから、ノミとかダニとかくっつけてるかも知れないでしょう? ベッドがノミまみれになって、私の体がブツブツになったらどうするのよ」

『でも嫌いなんだよう』

「分かってるって。短時間で終わらせてあげるから」


 私は絨毯に爪を引っ掛けて抵抗するナイトをぺりぺりと引っぺがすと、タオルや犬猫用せっけんを持って大浴場へ向かう。

 長い間王宮に勤める人もいるがセキュリティ上、無関係の人間を王宮内の居住エリアに入れることは出来ない関係で通いの人を除くと一生独り身の人も多い。

 仕事と自室の往復がメインでは流石に寂しいこともあるだろうと、精神的なケアを兼ねているのか小動物を室内で飼うことは許可されているため、犬や猫、鳥などペットがいる人たちは結構いる。

 そのため、ばい菌や寮内の汚れ防止という理由で、人が入る大浴場と扉一つ隔てて隣に、ペットの浴場があるのだ。ちゃんとお湯が張られた浴槽だってある。


「あらトウコ。今日はナイトのお風呂の日なのね」


 浴場に入ると、桶に張った水で文鳥のステラに水浴びをさせていたメアリーが、私を見て笑顔になった。今夜はまだ私たちしか来ていないようだ。


「もう毎回嫌がって大変なのよ。まあお風呂が大好きな猫ってあんまりいないけどね」

「そうねえ、確かにめちゃくちゃ逃げ回るとか友だちが愚痴をこぼしてたわ。でもナイトはとても大人しいじゃない?」

「大人しくしてないとお風呂タイムが伸びるって分かってるからねこの子は」


 私は桶にお湯を汲むと、諦めたように座っているナイトの耳を塞いで体を流し始める。

 シャンプーをつけて指の間まで丁寧に洗ってても微動だにしないナイトを見て、メアリーが感心した。


「あら、本当にお利口さんなのねえ」

『──まあじっとしてた方が早く終わるからな』

「ま、にゃあ~ってため息ついてるみたいで可愛い!」


 まあため息みたいなもんだけど。メアリーは私がナイトと話せることは知らない。

 もちろん国王に止められてるのもあるんだけど、不用意にそんな話を広めて変人扱いされたり、ナイトが見世物扱いみたいになるのは困る。メアリーは親しい友人だと思っているけど、信じてもらえない可能性が高いし、悪気はないのだろうが話し好きで少々口が軽いため、これからも打ち明けるつもりはない。


「それにしてもジュリアン様の声が聴けるようになるとは思わなかったわあ。……きっとここを辞めるまで一生ないんじゃないかと思っていたけど、どんな心境の変化かしらねえ」

「……さあ、どうしてかなあ」


 いくら何でも私が下着姿を見られて怒ったら喋るようになりました、とは言えない。

 もう水浴び終了なのか、桶からひょいっとメアリーの腕に飛び移ったステラをタオルで包むと、


「この調子で気軽に散歩したり外出出来るようになれば、仕事も楽になるし私たちも一安心だけれどね。やっぱり未来の国王様だもの。それじゃまた明日ね」

「また明日」


 メアリーが出て行くと、顔も洗われて宇宙人のような三角小顔になったナイトが唸った。体もいつものサイズの二回り減である。


『そっかー、やっぱり王子様がもっと外に出るようになんねえと、みんな心配なんだな』

「そりゃそうだよ。これからこの国の王様になる人だもん」

『王様とか良く分かんねえけど、俺たちみたいに仲間うちでケンカして強い奴を決める、みたいに簡単にすりゃあいいのになあ』

「他の国との付き合いもあるだろうから、そんな単純な話じゃないんだよ。それに国同士がケンカしたら、人間が沢山死んじゃうんだよ? 建物とかも壊れちゃうだろうし」

『相手が死ぬまでケンカすんの? 結構バカなんだな人間も。死んだらおしまいじゃないか』

「私も良く分からないけど、まあ色々あるんだよ」

『じゃあダメな王様だったら困るのか』

「絶対に困るよ」

『じゃ、俺も面倒くさがってないで王子様とお姫様と遊んでやるか。あ、ジャーキーはいるぞ?』

「うん、ありがとう。助かるよ」

『おうよ、俺は家族思いの出来る猫だからな。──お、良いこと思いついたぞ!』

「ん?」

『王子様はもっと社会とやらに出た方がいいんだろ? つまりお城の外に』

「まあそうだね」

『そのお姫様とやらも一緒にお出掛けしようぜ。ほら、なんてーの? ピクニックとかあるじゃん? 公園とかでメシ食うやつ』

「ええ? でも王族と私たちだけで町に出るのは無理だよ?」

『おいおい、俺は騎士団の兄さんたちと働いてるんだぜ? それに隊長さんとかなり仲良しだから最近じゃ良く巡回してんだ一緒に。隊長さん連れてきゃいいじゃん。あと王族じゃない町の人たちみたいな恰好で行けば完璧だぜ』

「……ケヴィンさん、協力してくれるかなあ?」

『当たり前じゃねえか。国のために働いてる人だぞ? 王子様が良い国王様になるためならいくらでも協力すんだろ。俺が明日手紙持ってくから、風呂出たらケヴィンの兄さんに手紙書いてくれよ』

「そうだね、色んな方法を試さないとね」


 騎士団だもんね。確かに協力してくれる気がする。

 やれることは何でもやらなくちゃ!

 私はお風呂場を出てナイトの体をタオルでゴシゴシと拭きながら、手紙の書き方をあれこれ考えていた。




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