2章

第6話

 俺は魔女の館の前に立っている。

 なんで魔法なんだ。

 前世の経験も何もない魔法に挑戦することになるなんて……。

 何を間違ったんだろうか?


 *


 俺は母に転職したいと言った。

「もっと稼げる仕事がしたい。

だから俺に選ばせて欲しい」

 母は天使のような微笑みを浮かべて喜んでくれた。

「でも、ユウ君は伝手がないでしょう。

就職には紹介状が必要なのよ」

 それで親戚の鉱山で働くことになったんだった。

 履歴書みたいな物はこの世界にはない。

 どこかに弟子入りするか、母の言うように紹介状で仕事を分けてもらう必要があった。

 職の自由はない。

「技能があれば出来ることだってある筈だ。

俺には才能がある」

「その自信は誰に似たのかしらね。

何をしたいの?」

「料理人、美味しいものを作って満足させてあげよう」

 料理はレシピがあれば誰でも作れる。

 俺には、その経験があるし技術もある。

 前世の知識がどれぐらい役に立つのかわからないが……。

 応用は出来るはずだ。

「パン屋でもするつもり?」

「気楽に昼食や夕食を食べられる。

そんな場所を提供したい」

「是非、ユウ君の料理を食べさせてくれる。

それで判断します」

 この時は勝利を確信していた。


 これまでの生活で気づいたことがある。

 生の魚を食べていないと言うことだ。

 新鮮な刺し身を食べれば間違いなく美味しいと思うはずだ。

 俺も食べたいし……。

 

 直ぐに市場へと向かった。

 売られている魚はほとんどが干物だ。

 仕方なく市場のおっさんに聞くことにした。

「生で食べられる魚は無いのか」

 おっさんは不機嫌そうな顔をする。

 何か変な質問をしたのだろうかと不安になったが他に聞く相手は居ない。

「生が欲しいなら漁師の村に行くことだな」

「近くにあるのか?」

「ああ、南に一日歩けばたどり着く。

買う気がないならさっさとどっか行ってくれ」

 なんて腹ただしい奴なんだ。

 絶対にここでは買わないと固く決めた。

 魚を断念すると、肉料理……。

 異世界の肉って高い印象があるんだよな。

 なんでだろう。

 今まで食べていないからか。


 予想は当たっており、肉は一切れでも一万はする。

 しかも固く質の悪い代物だ。

 前世は食に関しては恵まれていたんだな。

 はぁ……。

「だが諦めない。

最高の料理を作って度肝を抜いてやるんだ」

 母の為に最高の一品を作る。

 それがモチベーションとなっていた。

 食材を買い漁ると、今まで貯めてきた金が底をついた。

 あれだけ頑張ったのに一切れの肉に変わってしまったのだ。


 帰宅し調理をしようと台所へ入る。

「えっと……、火はどうするんだ」

 鍋はあるが、釜戸のようなものはない。

 戸惑っていると母がやって来る。

「棚の円盤を台に置いて、手をかざして念じれば良いのよ」

 陶器の円盤が置いてある。

 その円盤は片面に金属がはめ込まれている。

 それが上なのだろう。

 母の指示に従い念じると、金属の部分が赤くなり熱を帯びた。

 電気コンロみたいなものだ。

「どういう仕組なのか気になるな……。

でも今は料理が先だ」

 肉は筋を切るように叩いて柔らかくする。

 これで柔らかく食べやすくなる。

 塩をまぶしてじっくりと焼くだけだ。

 両面焼き上がると、バターを落として香草をまぶす。

 シンプルだがとても美味しく出来たはずだ。

 調味料が塩しか無いので、これが俺の限界だった。

 醤油や味噌が欲しい。


 出来上がった一品を母の前に出す。

「どうぞ、おあがり」

 母は食すことなく聞く。

「これは一体誰に売るつもり?」

「えっと……、美味しいものを食べたいお客さん」

「残念だけど不合格ね。

普通の人は食事にそんなに大金を出さないわ」

「だったら貴族とか、お金を持っている相手に……」

「貴族の屋敷には専属の料理人がいるのよ。

暗殺を恐れて代々仕えているものしか雇用しないらしいの」

 母は、そう言うと一口食す。

 すると蕩けるような笑みを浮かべた。

「肉を食べたのは何年ぶりかしら。

なんて柔らかくて美味しいの……」

「……もうスッカラカン。

どうしたら良かったんだ」

 肉ではなく魚料理を選ぶべきだったか。

 仮に生で確保しても帰宅するまでに腐ってしまうだろう。

 酢があれば酢漬け……、湯がいて油の瓶詰めでも良かったな。

「ユウ君の頑張りに応えてあげないとね。

ふふっ……、期待していて」


 *


 思い返しても、なんで魔女から魔法を教わるという流れになったのか解らない。

 母の思いつきなのか、単に知り合いが魔女だったからなのか……。

 扉をノックする。

 すると巨乳の美女が出てきた。

 顔つきは鋭く目は細く怖い、だがそれが良い。

 お仕置きされたいと思わず思ってしまう魔力があった。

「貴方がユウ君?

まあ入りなさい」

「はい、お邪魔します」

 仄かに甘い香りが漂う。

 香水のきつい匂いは嫌いだが、これはさり気なくて良い。

 これは母に感謝するしかなかった。

 こんな美女と一緒に仕事が出来るのだから。


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