一章 『陰の実力者』チュートリアル開始!(2)

   ◆


 オルバがそこに着くと、すでに辺りは血で染まっていた。この重要施設を守る兵たちが、弱いはずがない。中には近衛に匹敵するほどの実力者もいた。それが……。

「どうして、こんな……!」

 この地下施設のホール、唯一外の光が差し込むそこには、無数の死体が転がっていた。

 全て一太刀。

 圧倒的な実力差によって斬り伏せられていた。

「貴様らが……!」

 オルバが睨みつけるその先に、黒いボディースーツに身を包んだ集団がいた。体の膨らみから見て、いずれも小柄な少女だ。

 全部で7人。しかし月明かりでのみ照らされるこの空間では、目を凝らさなければ見失いそうになるほど気配が希薄だ。彼女らは類いまれな魔力制御によって、その気配をコントロールしているのだ。いずれも自身に匹敵し得る実力者。オルバはそう認めた。

 その中の一人、全身に血を浴びた少女が、月光の下でオルバを見据えていた。

「っ……!」

 その瞬間、オルバの本能が萎縮した。理由はない、ただ危険だと。そう伝えてきた。

 全身の黒いボディースーツは浴びた血をしたたらせ、ぽたりぽたりと床に跡をつける。血まみれの刀はだらしなく地面をこすり、長い血の道を描く。

「何者だ、何が目的だ?」

 オルバは動揺を抑えて言った。

 自身に匹敵する実力者が不幸にも7人いるのだ。戦闘は下策。

 オルバは自身の不運を嘆きながらも、打開策を探る。

 が、しかし。

 血まみれの少女はオルバの言葉を聞いていなかった。

 わらった。

 血まみれの少女は、血まみれのマスクの下でただ嗤った。

 狩られる……!

 オルバがそう思ったと同時、

「下がりなさい、デルタ」

 血まみれの少女の動きが止まった。そしてそのままあっさりと後ろに引いていくのを、オルバはあんの息を吐いて見送った。それと入れ替わりに、別の少女が前に出た。

「我らは『シャドウガーデン』」

 こんな場でなければ聞きほれてしまうほどの美しい声。

「私はアルファ」

 前に出た少女は、いつの間にか素顔をさらしていた。月の光に、白い肌が輝く。

 少女は1歩、歩み寄る。

「っ……!」

 金髪の、エルフ。

 息をむほど、美しい少女。

 また1歩、歩み寄る。

「目的は……ディアボロス教団の壊滅」

 そしていつの間にか手にしていた黒い刀で、空をぎ払った。

 夜が斬れた。

 漆黒の斬撃は、オルバにそう錯覚させた。

 風圧が、剣圧が、オルバをかくし、どうかつした。

 どうやってこれほどの実力を、この若さで得ることができたのか。嫉妬とせんりつに震えた。だが、しかし、それ以上に驚愕すべきは彼女の口から語られた言葉だ。

「貴様……どこでその名を知った?」

 ディアボロス教団。その名はこの施設でも、オルバを含め数人しか知らない名だった。

「我々は全てを知っている。魔人ディアボロス、〈ディアボロスの呪い〉、英雄の子孫、そして……〈悪魔き〉の真実」

「な、なぜそれを……」

 アルファが言った言葉の中には、オルバですら最近知らされた内容もあった。外部に漏れるはずのない、決して漏れてはいけない極秘事項だった。

「〈ディアボロスの呪い〉を追っているのがあなたたちだけだと思う?」

「くっ……!」

 情報ろうえいは許されない。しかし彼女らを殺し、情報を守れるのか。

 否、困難を極める。

 ならば、オルバのすべきことは……生存。生きて彼女らの存在を本部に伝えることだ。だからこそ、オルバは前に出る。

「あああああぁあぁぁぁぁ!!」

 オルバは気迫とともに剣を抜き、アルファに斬りかかった。

「あら、無謀ね」

 アルファは容易たやすくその剣をいなし、斬り返す。オルバの頰が裂け、血が舞う。

 だが、オルバは止まらない。

 何度も、何度避けられても、オルバは剣を止めず勝機を探る。

 しかし全て紙一重。無駄な動きは最小限に、完全に太刀筋を見切って避けられていた。

 そして、逆にオルバの腕が斬られ、足が斬られ、肩が斬られる。

 だが、まだ致命傷はない。

 彼女は情報を聞き出すまで殺すつもりはないのだ、オルバはそう見抜き、嗤った。勝ち筋が、見えた。

 何度目かの空振りのあと、ついにオルバは胸を斬られ、たまらず後退した。

「これ以上は時間の無駄ね」

 オルバは答えない。斬られた胸を押さえひざまずき、口元に笑みを浮かべ……何かを飲みこんだ。

「何をして……なっ!?」

 突然、オルバの肉体が一回り膨張した。肌は浅黒く、筋肉は張り、目が赤く光った。

 そして、何より、魔力の量が爆発的に増えていた。

「っ……!」

 予備動作なく薙ぎ払われたオルバの剛剣を、アルファは瞬時に防ぐが、その衝撃に顔をしかめる。彼女はそのまま跳ね飛ばされるようにして距離を取ると、

「面白い手品ね」

 しびれた腕をパタパタと振り、首をかしげた。

「あの波長は魔力暴走かしら……それを無理やり抑え込んで……」

「アルファ様、大丈夫ですか」

 初めて後退したアルファに、背後にいた少女が声をかける。

「問題ないわ、ベータ。少し面倒になっただけ……ってあら?」

 アルファがオルバの方に意識を戻すと、そこには誰もいなかった。

 いや、先ほどまでオルバのいた場所に四角い穴が開き、それは下の階層に続いていた。隠し扉だ。

「……逃げたわね」

「逃げましたね……追いましょう」

 しかし穴に飛び降りようとする少女を、アルファは止めた。

「必要ないわ。この先には彼がいるもの」

「彼……? そう言えばシャドウ様が先に行くと言って別行動をしていましたが、まさか」

「ええ。明後日あさっての方に走り去るんだから、迷ったんじゃないかと心配したんだけど」

 アルファはクスッと柔らかく笑った。

「この展開を読んでいた……さすがですね」

 穴をのぞき込む少女たちはその瞳を尊敬に輝かせていた。


   ◆


「迷った」

 僕はひとのない地下施設で呟いた。

 みんなでアジトに乗り込んだまではよかったが、雑魚ざこばかりで飽き飽きして、先回りしてボスを倒そうと思ったらこのざまだよ。せっかくボスに遭遇したときの演出練習してきたのに。

 しかし大掛かりな施設だ。今回は廃棄された軍事施設に盗賊団が住み着いた感じかな。

「ん?」

 と、そのとき。

 地下道の先から誰かが駆けてくる気配を感じた。少し遅れて向こうも気付いたようだ。僕と距離を置いて立ち止まった。

「先回りされていたか……」

 男は筋肉ムキムキでなぜか目が赤く光っている。何それ、かっこいい。目からビームとか撃てたりするんだろうか。

「が、一人なら容易い」

 そして、歪んだ笑みを浮かべた次の瞬間、赤目の男が消えた。いや、常人では消えたと錯覚するほどの速さで動いた。

 しかし。

 僕は赤目の剣を片手で止める。来る場所がわかれば、速さなんてそれほど脅威ではないし、力だって使い方次第だ。

「なっ!」

 驚愕する赤目の肩を軽く押して、僕は距離を取る。

 アルファ以上のすごい魔力だ。残念ながら全く扱えていない、ただの魔力バカだけど。

 ちなみに僕は、魔力で速さや力を強化してブンブンすれば強いでしょって感じの、力任せな戦い方が好きじゃない。いや、フィジカル面を軽視するつもりはないんだ。究極の選択として力か技かどちらかを選べと言われたら僕は迷わず力を選ぶ。力なき技に価値はない。だけど、単純な力、単純な速さ、単純な反応、そういったフィジカル面の強さに任せて、細部を軽視し捨て去り諦めたかのような不完全でいびつな戦い方が大嫌いなのだ。

 フィジカルは天性だが技術は努力だ。だから僕は、僕が目指す『陰の実力者』は、決して技量で負けることはない。僕は力に技をのせる、速さにも工夫を凝らす、反応で可能性を探る。フィジカルは大切だけど、それに頼りきった醜い戦いは決してしない。これが僕の戦いの美学なのだ。

 正直こういうブンブン丸には少しイラッとくる。

 だから教えてあげよう。正しい魔力の使い方ってやつを。

「Lesson1」

 僕はスライムソードを軽く構え、そのまま歩く。

 1歩2歩、そして3歩。

 そして3歩目と同時に、赤目の剣が振られる。そこが彼の間合い。その瞬間、僕は加速する。

 使う魔力は最小、足に集中し、それを圧縮し、一気に解放する。たったそれだけ。

 それだけで、圧縮されたわずかな魔力は爆発的にその勢いを増す。

 赤目の剣が空を斬る。

 そして、ここは僕の間合い。

 もう速さはいらない、力もいらない、魔力すらいらない。

 僕は漆黒の刀で赤目の首をでた。首の皮1枚だけ。

 赤い筋を赤目の首に残して、僕は間合いを外す。と同時に、赤目の剣が僕の頰をかすめる。

「Lesson2」

 僕は赤目の剣の戻りに合わせて再度前に出る。魔力は使わない。

 だから赤目の方がずっと速い。だけど、どんなに速くても、攻撃と同時には動けない。

 だから、詰められる。

 ほんの、半歩。

 微妙な距離。僕にとっては遠い距離で、赤目にとっては近い距離。

 一瞬の沈黙。

 赤目は迷った。

 僕は見た。

 そして、赤目は間合いを外す選択をした。

 知っている。

 僕はもう、赤目の魔力移動からその動きを読んでいる。だから、赤目の方が速いのに、僕が先に動く。

 僕は赤目の後退より先に距離を詰め、刀の先で彼の足を撫でた。さっきより少し深めに。

「くっ……!」

 赤目はもんの声を漏らし、さらに後退した。

 僕は追わない。

「Lesson3」

 まだ、これからだから。

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