一章 『陰の実力者』チュートリアル開始!(1)

『シャドウガーデン』設立から3年ぐらいった。僕とアルファは13歳に、そして僕の姉のクレアが15歳になった。13歳という年齢に特に意味はないけど、15歳という年齢にはそれなりに意味がある。うん、貴族は15歳になると、3年間王都の学校に通うことになるのだ。姉さんはカゲノー男爵家期待のホープでつまりあれ、母さんとか張り切って送別会とかやって、さすが期待のホープって感じだった。

 それはいい、それはいいんだけど、いざ王都に出立するその日になって、姉さんが消えた。で、現在カゲノー男爵家大騒ぎってわけ。

「俺が部屋に入ったときには既にこのありさまだ」

 ダンディーな声で親父おやじが言う。顔も悪くない。

「争った痕跡はないが、窓が外からこじ開けられている。クレアも俺も気付けなかった、相当なれだな」

 ダンディー親父は窓枠に手を添えて遠くの空を見る。片手にウイスキーとか似合いそうだ。

 これで髪さえあれば……。

「で?」

 凍えるような声がかけられた。

「相当な手練れだから仕方ない、そういうことかい?」

 母さんだ。

「そ、そういうわけじゃなくてね、ただ事実を述べたまでで……」

 頰に冷や汗を流しながら親父が答える。

 次の瞬間、

「このハゲェェェエエエーーーー!!」

「ひぃ、す、すいません、すいません!!」

 ちなみに僕は空気。期待はされていないけど、面倒もかけない、そんな感じのポジションをキープしている。

 しかし姉さん割といい人だったのに残念だ。犯行は夜だったからね、僕は廃村で修行していたからどうしようもない。僕は神妙な顔で親父と母のじゃれあいを見守って、隙を見て自室に戻りベッドに転がった。

 そして。

「出てきていいよ」

「はい」

 声と同時に音もなくカーテンが揺れて、黒いスライムボディースーツに身を包んだ一人の少女が入ってきた。

「ベータか」

「はい」

 アルファと同じエルフの少女。アルファは金髪だったけど、ベータは銀髪だ。

 猫みたいな青い瞳に泣きぼくろの彼女は、僕とアルファに続く3人目の『シャドウガーデン』メンバーだ。ほどぼどにって言ったのに、アルファが捨てネコ拾うみたいに連れて来るからどんどん増えるんだ。

「アルファは?」

「クレア様の痕跡を探っています」

「行動速いね、姉さんまだ生きてる?」

「おそらく」

「助けられる?」

「可能ですが……シャドウ様の助力が必要です」

 あ、僕のことはシャドウって呼んでもらっている。『シャドウガーデン』の主ってことでね。

「アルファがそう言ったの?」

「はい。人質の危険を考えると万全を期すべきだと」

「へぇ」

 アルファは正直言ってもう相当強い。そのアルファが助力を請うってことは、なかなかの実力者がいると見ていい。

「血がたぎるな……」

 僕はてのひらに圧縮した魔力を瞬間的に解放し、大気を震わせる。

 特に意味はないが、こういう演出大好き。

 ベータも驚いて「さすが……」とかつぶやいてくれるし。

 最近はアルファとかベータとかデルタとかもいて練習相手に不足はなかったけど、たまには新鮮さも欲しいし、何より『陰の実力者』プレイもしたいしちょうどいい機会だ。

「久しぶりに本気を出すか……」

 こうやって『陰の実力者』っぽい空気感を出すのにも慣れてきた。それに最近はアルファやベータがかなり設定を煮詰めてきているから盛り上がるんだ。

「犯人はやはりディアボロス教団の者です。それもおそらく幹部クラス」

「幹部クラスか……。それで、教団はなぜ姉さんを?」

「クレア様に『英雄の子』の疑いをかけていたのかと」

「ふん、勘のいいやつらめ……」

 こんな感じ。

 しかも資料とかも集めてきて「やはりあなたの言葉に間違いはなかった……」とか「千年前ディアボロスの子が……」とか「この石碑からはディアボロス教団の痕跡が……」とか、いや古代文字読めないから僕はわからないけどさ。アルファもあんまりわかっていないんじゃないかな、それっぽいの並べて、ディアボロス教団の真実に迫ってる感が欲しいんだ、多分きっとそうだと思うよ?

「こちらの資料を見てください。我々が集めた最新の調査の中に、クレア様がさらわれたと見られるアジトが……」

 ベータがそんな感じで膨大な資料を並べ始めたけど、いやわかんないから。半分以上古代文字だし、わけわからん数字やら何やら、いや君たちそれっぽい資料作るのホントに上手うまいね。その分野ではもう完全に僕を超えているよ。

 僕はベータの説明を聞き流すと、投げナイフを取り出し、壁にかかった地図に投げつけた。狙いはなんとなく何かありそうな雰囲気の場所。

 カッと。

 音を立ててナイフがある一点に突き刺さる。

「そこだ」

「ここ、ですか。いったい何が……」

「そこに姉さんはいる」

「ですが、ここには何も……いえ、まさか……!」

 ベータは今気付きましたって感じで慌てて資料をあさりだす。

 いや、うん、適当に投げたんだけどね。やっぱ演技上手いよねベータ。あれでしょ、それで僕が指さしたところに隠しアジトとかあるんでしょ?

「資料と照らし合わせた結果、シャドウ様の指摘されたポイントに隠しアジトがあると思われます」

 ほらきた。

「しかしこの膨大な資料を一瞬で読み取り、さらに隠されたポイントまで読み解くとは……さすがです」

「修行が足りんぞ、ベータ」

「精進します」

 いいね、演技だとわかっていてもグッとくる。ツボを押さえているよベータ君。

「至急アルファ様に伝えます。決行は今夜で?」

「ああ」

 ベータは一礼し去って行った。目とかキラキラしてたな、尊敬してます感出てたよ。アカデミー級の演技に乾杯。


   ◆


 薄暗い地下道を一人の男が歩いていた。

 年は30半ばを過ぎたくらいだろう。鍛えられたたいに鋭いまなし。灰色の髪をオールバックにまとめている。

 彼の足は地下道の突き当たりで止まった。扉が一つ、その脇に二人の兵士がいる。

「カゲノー男爵家の娘はここか」

「この中です、オルバ様」

 問いかけられた兵士はオルバに敬礼し、扉の鍵を開けた。

「お気を付けください。拘束していますが、非常に反抗的です」

「ふん、私を誰だと思っている?」

「っ! し、失礼しました!」

 オルバは扉を開け、部屋の中に入った。

 そこは石造りの地下ろうだった。壁に固定された魔封の鎖に、一人の少女がつながれていた。

「クレア・カゲノーだな」

 オルバの呼びかけに、クレアと呼ばれた少女は顔を上げた。

 美しい少女だった。寝ているところを連れ去られたからか、薄いネグリジェ姿で、豊かな胸の膨らみとみずみずしい太ももがのぞいている。絹のような黒髪は背中で切りそろえられ、気の強そうな目がオルバをにらみ上げた。

「あなたの顔、王都で見たことがあるわ。確かオルバ子爵だったかしら?」

「ほう、昔近衛にいたが……。いやブシン祭の大会でか」

「ブシン祭ね。アイリス王女にぶざまに斬られていたわ」

 フフ、とクレアは笑った。

「ふん、試合という枠内ならばあれは別格だ。もっとも実戦で負けるつもりはないがね」

「実戦でも変わらないわ。決勝大会1回戦負けのオルバ子爵」

「ほざけ。決勝の舞台に立つことがどれほどの偉業かわからぬ小娘が」

 オルバはクレアを睨みつけた。

「私ならあと1年で立てる」

「残念だが貴様にあと1年はない」

 クレアを繫ぐ鎖が鳴った。

 直後、オルバの首筋ギリギリで彼女の歯がみ合わされた。

 ガチン、と。

 オルバがわずかに首を傾けなければ、けい動脈を嚙み切られていただろう。

「1年後生きていないのは果たしてあなたか私か。試してみる?」

「試すまでもなく貴様だ、クレア・カゲノー」

 どうもうに笑うクレアの顎を、オルバの拳が打ち抜いた。

 クレアはそのまま石壁にたたきつけられ、しかし変わらぬ強い瞳でオルバを見据える。

 オルバは手応えのない拳を下ろした。

「後ろに跳んだか」

 クレアは不敵に微笑ほほえんだ。

ハエでもいたかしら」

「ふん、高い魔力に振り回されるだけではないらしいな」

「魔力は量ではなく使い方だと教わったわ」

「いい父を持ったな」

「あのハゲに教わることなんてないわ、弟に教わったの」

「弟……?」

「生意気な弟よ。戦えば必ず私が勝つわ。だけど私はいつも弟の剣から学んでいる。なのにあの子は私の剣から何も学ばない。だから毎日いじめてやるの」

 クレアはいたずらっぽい笑みでそう言った。

「かわいそうな弟だ。ならば私はひどい姉から彼を救った英雄というわけだな。さて、無駄話はこのぐらいにして……」

 オルバは言葉を切ってクレアを見据えた。

「クレア・カゲノー。最近体の不調はないか。魔力が扱いづらい、制御が不安定、魔力を扱うと痛みが走る、体が黒ずみ腐り始める、そういった症状は?」

「わざわざ私を連れ去って、やることは医者のまねごと?」

 クレアはつややかな唇の端で笑った。

「私にもかつては娘がいた。これ以上手荒なまねはしたくない。素直に答えてくれることがお互いにとって最善だろう」

「それって脅し? 私は脅されると反抗したくなる性質たちなの。たとえそれが非合理的であったとしても」

「素直に答える気はないと?」

「さて、どうしようかしら」

 オルバとクレアはしばらく睨み合った。

 静寂を先に破ったのはクレアだった。

「いいわ、大したことじゃないし答えましょう。体と魔力の不調だったかしら? 今は何ともないわ、鎖に繫がれてさえいなければ快適そのものよ」

「今は?」

「ええ、今は。1年ぐらい前かしらね、あなたの言った症状が出ていたのは」

「なに、治ったというのか。勝手に?」

 オルバの知識の中に『アレ』が自然に治ったというケースはない。

「そうね、特に何も……あ、そうそう、弟にすとれっち? よくわからないけど、それの練習させてくれとか頼まれて、なんだか終わったらとても調子がよくなっていたわ」

「すとれっち? 聞いたことがないな……。だが症状が出ていたということは、まず適合者で間違いないか」

「適合者……? どういう意味よ」

「貴様は知る必要のないことだ。どうせすぐ壊れる。ああ、貴様の弟も調査する……」

 オルバがそこまで言った瞬間、彼の鼻骨に衝撃が走った。

「ぐっ!?」

 オルバは扉まで後退し、鼻血を押さえてクレアを睨む。

「クレア・カゲノー、貴様……!」

 四肢を鎖で拘束されていたはずの彼女だったが、右手首の鎖だけがどういうわけか外れて、そこから血が流れ出ていた。

「手の肉いで、指も外したかっ……!?」

 彼女を拘束していた鎖はただの鎖ではない、魔封の鎖だ。つまりクレアは純粋な筋力だけで、己の手の肉を削ぎ落とし、骨を砕き拘束を外し、オルバを殴りつけたのだ。その事実にオルバはきょうがくした。

「あの子に何かあったら、絶対に許さない! お前も、お前の愛する人も、家族も、友人も、全て残らず殺してっ……!?」

 オルバの全力の拳がクレアの腹を殴りつけた。魔封の鎖に繫がれている彼女に、魔力で強化されたオルバの一撃を防ぐすべはない。

「小娘がっ……!」

 オルバは吐き捨て、クレアは崩れ落ちた。クレアの右手から流れ落ちた血が床に赤黒い染みを作る。

「まあいい。これでわかる……」

 オルバが呟きその血に手を伸ばす。そのとき、兵士が息を切らせて扉を開けた。

「オルバ様、大変です! 侵入者です!!」

「侵入者だと!? 何者だ!?」

「わかりません! 敵は少数ですが、我々では歯が立ちません!」

「くっ、私が出る! お前たちは守りを固めろ!」

 オルバは舌打ちしてきびすを返した。

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