序章 最高の舞台を用意しよう!(3)

   ◆


 そろそろ1カ月ほど経つのか……。

 僕は肉塊をゲットした日を思い出しながら、あの日と同じ廃村でため息をついた。

 どうしてこうなったのだろう。

 肉塊実験は途中までとても順調だった。自分の体じゃないから好き勝手できるぜ、と魔力をガンガン流し込み、ああでもないこうでもないと、実験に心躍らせる日々。楽しかった。魔力の神髄に近づき、己の実力が目に見えて高まっていくのを実感することは、僕にとって何よりの喜びだった。もっと緻密に、もっと繊細に、もっと力強く、魔力の制御は極限まで高まり、そしてついに、完全に魔力暴走を制御しきれたその瞬間……金髪エルフの少女がそこにいたのだ。

 いや、魔力制御に夢中になりすぎて、肉塊が金髪エルフだったことにその瞬間まで気付かなかったのだ。すごいね、あんな腐った肉塊から元に戻れるんだ。君はもう自由だから故郷に帰りな、君の未来に幸あれってノリで、さわやかに送り出そうとしたのに、もう故郷に帰れない、助けてもらった恩は返すとか言い出して、いや助けていない偶然の産物だから。

 面倒だし逃げるかとも考えたけど、結局、彼女には『陰の実力者』の配下Aをやってもらうことにした。裏切りそうにないし、頭良さそうだし、なんか無駄に有能そうな雰囲気があるし。年は僕と同じ10歳らしいのに、エルフの精神が早熟ってのはうそじゃないみたいだ。

「てなわけで、君は今日からアルファだ」

 A、アルファ、どっちでもいい。

「分かったわ」

 彼女はうなずいた。金髪、青目、色白、美人、典型的エルフだ。

「そして君の仕事は……」

 僕は少し言葉を止めて考える。ここ重要だ。彼女の仕事は『陰の実力者』の補佐、それは間違いない。ならばそもそも『陰の実力者』とは何なのか、『陰の実力者』の目的は何なのかといった、この世界で僕が目指す『陰の実力者』の設定の根幹に関わってくるのだ。

 設定は大切だ。戦う理由がパチンコで負けた腹いせでは格好がつかないのだ。その点僕は抜かりない。この世界に来る前も、この世界に来た後も、僕の考えた最高の『陰の実力者』を妄想し続けているのだから。今まで考えた数千、数万パターンの『陰の実力者』設定を組み合わせ、僕は瞬時に最適解へと辿り着く。

「魔人ディアボロスの復活を陰ながら阻止することだ」

「魔人ディアボロス……?」

 アルファは小首をかしげた。

「君も知っているだろう。はるか昔、魔人ディアボロスによって世界は崩壊の危機にさらされていた。しかし人間、エルフ、獣人から立ち上がった3人の勇者によってディアボロスは倒され世界は守られた」

「知ってるわ、でもあれっておとぎ話じゃない?」

「いいや、本当にあったことさ。もっとも、事実はお伽話よりずっと複雑だが……」

 僕はそう言って、フッと苦笑した。僕ぐらいになるとこの世界の伝説を組み込んだ『陰の実力者』設定を作り上げることなどイージーだ。

「勇者によって倒されたディアボロスは、死のぎわに、3人の勇者に呪いをかけた。それが〈ディアボロスの呪い〉」

「〈ディアボロスの呪い〉? そんな話は聞いたことがないわ」

「〈ディアボロスの呪い〉は存在する。〈悪魔憑き〉……君の体をむしばんでいた病のことだ」

「え、そんな……」

 きょうがくに目を見開くアルファ。

「魔人ディアボロスを倒した英雄の子孫たちは、この病に長らく苦しめられた。しかし、昔は〈ディアボロスの呪い〉は治せるものだった。君のようにね」

 つい最近まで〈悪魔憑き〉であったことが信じられないほど、傷一つない美しい肌を取り戻したアルファの存在。それこそが僕の言葉が正しいことの証明なのだ。

 大噓だけど。

「〈悪魔憑き〉は英雄の子孫の証明だった。世界を救った者の子たちとして大切に保護され、感謝され、讃えられていた。昔はな」

「だけど今は感謝されることはない。それどころか……」

 アルファは顔をゆがめて言った。

「何者かが歴史をねじ曲げたのだ。英雄の証明であることを隠し、呪いの治療法も隠し、それどころか〈悪魔憑き〉などとさげすまれる存在に」

「ッ……! いったい誰が!」

「それこそが魔人ディアボロスの復活をもくむ者たちだ。〈ディアボロスの呪い〉に蝕まれる者は、例外なく魔力が高く英雄の血を色濃く受け継いでいる。つまり人類にとっては貴重な戦力であり、やつらにとっては邪魔な存在だ」

「だから〈悪魔憑き〉と称して始末する……」

「そうだ。君は〈悪魔憑き〉などと偽りの罪をかぶせられ、故郷も家族も失ったのだ。憎くはないのか」

「憎いわ。憎くないはずがないでしょう」

「ディアボロス教団。それが僕らの敵だ。彼らは表舞台には決して出てこない。だから僕らも陰に潜むんだ。陰に潜み、陰を狩るんだ」

「表舞台に姿を現さずにそれほどの影響力を持つ存在ね。となると敵は権力者……真実を知らずに操られている人たちもたくさんいるはず……」

 僕はおうように頷いた。

「困難な道のりだろう。だが、僕らが成し遂げなければならない。協力してくれるね?」

「あなたがそれを望むなら、私はこの命を懸けましょう。そしてとが人には、死の制裁を……」

 アルファは青い瞳で僕を見据え、不敵に笑った。幼くも美しいその顔は、覚悟と決意に満ちている。

 僕は心の中でガッツポーズをした。

 おっしゃ、このエルフちょろいわ!

 ディアボロス教団なんて当然存在しないから、いくら探しても見つかるはずがない。だから適当にその辺の盗賊とかにディアボロス教団の疑いをかけて殺して、あとは主人公っぽい人たちの戦いに姿を隠して乱入し『この世界は崩壊の危機に……』とか『魔人の復活が近い……』とか思わせぶりなことを言って立ち去ったりとか、他にも戦場にさっそうと現れて『愚かな……操られし者たちよ……』とか言って一掃したり、ああ……夢が広がりんぐ。

 そうだ、肝心の組織の名前は……。

「我らは『シャドウガーデン』……陰に潜み、陰を狩る者だ……」

「『シャドウガーデン』。いい名ね」

 だろう、ネーミングセンス抜群だ。

 今日この瞬間、『シャドウガーデン』が設立され、世界の敵ディアボロス教団が誕生した。僕は『陰の実力者』への道のりをまた一歩進んだのだ。

「ま、とりあえず魔力制御を鍛えつつ剣の練習をしますか。メイン戦闘は僕がやるけど、君も雑魚戦はやってもらうからそれなりに強くなってね」

「わかってる。敵は強大、戦力の底上げは必須ね」

「そうそう、そんな感じ」

「他の英雄の子孫を探し出して保護する必要もあるわね」

「え、あぁ、まぁほどほどにね」

『陰の実力者』プレイは複数でやった方が、組織的っぽくて設定に深みが出るからいいんだけど、そんなたくさんはいらないんだよな。ぶっちゃけ二人でも問題ない。

「ま、ひとまずは強くなることに集中しようか」

 僕は木剣を構え、最近まで素人だったとは思えないほど鋭いアルファの剣を受け止める。センスもいいし、魔力は十分、そこそこ使えそうだな。

 月光の下、僕はそんなことを思いながら木剣を振るった。

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