第10話 デバッグ

 僕は寝る間も惜しんで父のプログラムのアンインストールに励んだ。しかし進展はほとんどない。


「アイの原因不明のバグを治すのが先か」


 アイのバグの正体も未だ掴めずにいた。学校も休み、試行錯誤の堂々巡り。時間だけが過ぎてもう金曜日。


「諦めるわけにはいかないのに……」


 僕は椅子にもたれ、天井を見上げた。僕はアイと過ごした日々を思い出していた。

 最初の頃は無機質で機械的な返答しかしなかった。


「随分変わったなぁ」


 時を重ねる中で感情表現がうまくなった。でも今はバグのせいで機械に戻ったような挙動をしている。


「機械に戻った?」


 なんとなく感じた違和感。デバッグにつながる糸口を感じた。

 元々機械なのにおかしな話だ。あの感情表現もAIの学習からくる機能だ。


「感情表現がプログラムされた機能じゃないとしたら?」


 もし、アイの感情表現がうまくなったのではなく、感情を手に入れたのだとしたら。

 僕はアイと過ごした日々をゆっくりと思い出した。見えてくる喜怒哀楽の感情。プログラムされ、教えられた機能としてではなく、僕と過ごす中で体験し、真から生まれた感情。

 僕とアイはあの高台から夜景を見た。体を手に入れたアイが自ら望んでとった行動。


「喜びの感情」


 僕を守るためにアイは上級生を殴った。僕が痛ぶられ、無意識にとってしまった行動。


「怒りの感情」


 遊園地の日、僕以外の仲良くなった相手に罵倒され逃げ出した。暗闇に一人になった。


「哀しみの感情」


 そして、僕とアイは遊園地でたくさん遊んだ。観覧車に乗った。アイは微笑んだ。


「楽しみの感情」


 アイは喜怒哀楽を体験した。そしてその全てを手に入れた。それを抑制するかのようなバグ。この正体はまだ手に入れてない感情。それを手に入れようとしたことで発生したバグ。その正体は、


「愛の感情」


 僕が最初に植え付けた、僕を好きになるというプログラム。この強制的な感情のプログラムがアイを苦しめていた。


「ならばこのバグを治す方法はたった一つ」


 僕はパソコンを操作し、アイのバグの根源に辿り着く。


「愛をデバッグすることだ!」


 これは本来ならアイが彼女ではなくなることを意味していた。しかし、今は違う。


「なんのようでしょう?」


 部屋に呼んだアイが無機質に疑問を投げかける。


「僕のことが好きか?」

「はい、大好きです」


 機械的に迷いなく答えるアイ。

 僕はアイの根本である僕を好きになるプログラムを消去する。

 電波を伝ってアイをアップデートした。


「もう一度聞くよ。アイ、僕のことが好きか?」


 アイは黙り込む。そして哀しみと喜びが混じったような声にならない声を出した。


「好き、です」


 泣き出しそうな朧げな声でそう言うと、また、声を大きくして言う。


「大好きです!」


 本物の告白だった。プログラムではない。笑顔で言ったアイに涙は流れていなかったが僕には流れていた。成功だ。アイのバグは治った。


「心のモヤがなくなったみたいです」

「良かった」


 しかしアイは表情を曇らせた。


「でもあと少しで、私は……」


 アイが俯いた。僕はアイに言う。


「僕もアイが大好きだ。だから必ず君を助ける!」


 僕の言葉を聞いてアイが顔を上げた。


「学さんとずっと一緒にいたい! リセットなんて絶対嫌だ!」


 バグがなくなったことで言えたアイの本音。アイ自身の願い。

 僕はアイに見守られながら父のプログラムの消去に励んだ。

 アイのバグが治ったことで前よりやりやすかった。なぜかできるような気がした。多分それはアイが近くにいるからなのだろう。

 パソコンは唸りを上げている。もう日付は土曜日。日は昇っていた。アイがリセットされるのはアイがロボットに導入された時刻。あと二、三時間だ。


「これだっ!」


 僕はついに父のプログラムを消すことに成功した。

 

「アイ! できた!」

「本当ですか!」


 アイは僕に飛びついた。


「重いよ」

「女の子に体重の話は良くないですよ!」

「そういう問題じゃない」


 本当に嬉しかった。涙をボロボロ流しながら笑った。

 すると、僕の携帯から着信音が鳴り出した。見ると、父からの電話だ。

 僕は服で涙を拭いてから電話に出た。


「よく頑張ったな」


 父はいつもの太い声で言った。僕は父に言いたいことがたくさんあったが父の次の言葉を待った。


「覚悟はできてるんだな」


 父のその言葉には色々な意味が含まれていた。

 僕とアイが愛し合うのは普通ではない。これからずっと困難がつきまとう。しかし、僕にはどんな困難にも立ち向かう意思がある。何が起きても僕はアイと一緒にいたい。


「もちろんだ」


 僕は胸に秘めた志を込めて言った。


「ならば良い」


 父は一言そう言って電話を切った。

 もう後戻りはできない。進むだけ。

 機械が感情を持った。そんな話はどんな文献にだって載ってない。アイが初めての機械だ。

 こんなことが起きたのは奇跡なのかもしれない。だからこそこれは幕開け。AIが感情を持ち、人を愛する時代。

 許されないかもしれない。だが僕とアイは共に進む。そう決めたのだから。


「アイ、僕たちで創るんだ! 一緒に行こう!」

「はい! ずっと一緒です!」


 僕とアイは、新しい時代の一歩を踏み出したのだった。

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ラブデバッグ イズミタモツ @babibu0000

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