第8話 プログラム

 遊園地でアイに何があったかは、記憶を覗けばよくわかった。ロボットであることが蛍さんにバレて、アイや僕の罵倒を散々聞かされていた。人ではないとわかり歯止めが利かなくなったのだろう。

 三日たった今もあの日の観覧車をよく思い返す。アイがとても愛おしく見えた。あの日から僕は学校以外全ての時間、アイと過ごした。

 しかし今、アイは原因不明の不具合に直面している。いつから生じたかわからないこの不具合は、アイの正常な判断を濁し、アイの口数をも減らした。今までアイにバグが発生した際はプログラムを覗き見て、原因を究明することで簡単にデバッグしていた。

 今はそう簡単には出来ない。AIが自己で学んだプログラムが入り組み、どれがどう作用しているのか僕には見当がつかない。僕が作った土に種を蒔いておいたら、草が生え、鳥が啄み、その糞が肥料となり、気付かない内に大自然になっていたようなものだ。今、目の前にある草が何という植物かなんてわからない。しかし植物博士ならわかるかもしれない。

 僕は学校の帰り道、師匠の電気屋に足を運んだ。

 アイの症状を話し始めると師匠は持っていたティーカップを置き、僕の話を遮った。


「もう満足したんじゃないか?」


 僕を諭すような口調で師匠はそう言い、僕は動揺した。


「アイは遊び道具じゃない。真面目にお願いしてるんです」

「アイは遊び道具だっただろ。このへんにするんだ」


 師匠は語調を強めて言った。


「師匠なんで、アイに体までくれて色々相談にも乗ってくれたじゃないか」


 僕は少し熱くなって言い返した。


「君のためを思ってだ。君は並外れた才能を持っている。その才能を伸ばすのは有識者の我々の仕事だ」

「我々?」


 師匠は続ける。


「しかしこのままでは駄目だ。このままのめり込んでしまえば学業にも支障が出る」


 そして師匠は一息ついて、語気を弱め、落ち着いて言った。


「アイは二週間でリセットされ、シャットダウンするようプログラムされている」


 突然の告白に驚きを隠せず、後退りした。


「体を手に入れてから二週間。二週間が過ぎればアイはシャットダウンして君がプログラムしたもの全てが消える。これは君の父さんが決めたことだ」

「父さんが? なぜ……」


 父さんはこのことを知らないはずなのに。


「じゃあこの不具合も」


 アイに今起きているバグが父のせいなら父を説得すればーー


「いや、君の父さんがプログラムしたのはリセットとシャットダウンだけだ」


 アイが体を手に入れたのは先週の土曜日。今日は火曜日、残り三日だ。

 僕は急いで店を出ようとすると、僕を引き止めるように師匠は言う。


「君の父さんの腕を知ってるだろう。君が簡単に修正できるプログラムじゃない。諦めるんだ」


 なおのこと急がなければならない。

 僕は店を飛び出した。

 走って家に帰るとアイが出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ、学様」

「メイドかよ」


 バグのせいでアイはこんな調子だ。それでも僕はアイを失いたくない。

 僕は息を切らしながらも、すぐに父のプログラムの修正に取り掛かった。父に電話は繋がらない。自分でやるしかないのだ。

 父は職業柄、僕が小さい頃から僕の一手二手先を読んでいた。今回もしてやられたということだ。

 父のプログラムはやはり強固なものだった。三日以内にこれを破れるか心配だ。


「このままでは駄目、か」


 僕は師匠に言われたことを思い返した。


「このままでは駄目だ。アイがいなくなったら僕は……」


 僕はアイのことが好きだった。見せかけじゃない本当の「好き」が僕の中に生まれていた。

 最初は遊びだった。強太に対する闘争心と、機械をつくった達成感を楽しむためだった。

 今思えばあの頃の僕は無自覚に孤独だった。

 そんな心にできた孤独という名のバグをデバッグしてくれたのがアイだった。アイのいない世界はもう想像できない。

 今度は僕がデバッグする番だ。なんとしてもアイを助けるんだ。

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