第7話 オーバーフロー

「俺の負けだなー」


 自販機で買ったジュースを開けながら強太は言った。


「何の話?」


 僕は何のことか分からず尋ねた。


「蛍ちゃんとの出会いの話、さっきしたじゃん。つまり俺、運良く彼女ができたんだよ。それでお前に勝ったと思ってたけどすぐにお前にも彼女ができた。負けたよ」


 強太は空を見上げながら、らしくもなく負けを宣言した。


「強太のほうが先に彼女できたんだから勝ちじゃないの?」

「俺は努力せずに彼女ができた。お前は彼女を作るって決めてやってのけた。努力したんだろ?」


 強太がジュースを口にしながら変な雰囲気で言う。


「全然そんなことないんだ」


 僕は申し訳なさそうに声にする。


「僕は今からとんでもないことをカミングアウトするよ」


 僕は強太の目を見てそう言った。

 強太が打ち明けたことによってできた心のひっかかり、罪悪感から今言わなくてはならない気がした。


「実は俺の彼女のアイって、僕が作ったロボットなんだ」


 強太は呆気に取られ、口に含んだジュースでむせた。


「あれ機械だったのかよ。そうだな、昔も機械系のことではお前に敵わなかった。だからあんなすぐに彼女ができたのか」


 強太が笑いながら言った。


「馬鹿にしたければそれでいいよ。僕は負けを認める。悔しくて作った。ただそれだけだから」

「でも、努力してんじゃん」


 強太が落ち着いた声で言った。


「え?」


 僕は予想外の言動に困惑した。


「彼女を機械でつくるなんて常人にはできない。お前の力だ。だから俺の負け」


 強太は笑顔でそう言うと「戻ろうぜ」と言って立ち上がった。

 なんだかんだこいつ、良いやつじゃないか。

 僕の心が少し温まったような気がした。

 僕たちはアイたちのいる場所に戻った。蛍さんは椅子に座りソフトクリームを頬張っている。しかしアイの姿がない。


「ただいま。アイちゃんは?」


 僕が聞く前に強太が蛍さんに聞いた。


「トイレじゃなーい?」


 他人事のように蛍さんは言った。


「蛍さん、何か隠してませんか?」


 嫌な予感がした。まずアイがトイレに行くはずがない。ロボットだから。それに食べ初めのソフトクリームを持ってるのはおかしい。食べるならアイと一緒に買いに行くはずだ。アイが不在の間にソフトクリームをわざわざ買うなんて変だ。


「知らないわよ。どっか行っちゃったんだもん」


 とぼけた様子でそう言った。


「おいお前なんかやったのかよ」


 強太が蛍さんのおかしな態度を感じ取って強めに言った。蛍さんの性格上、以前にもこういうことがあったのか、強太は攻め気味に言う。


「やめろよ。そういうの」


 蛍さんは知らん顔でソフトクリームを食べる。

 僕はスマホを取り出しアイの居場所を調べた。アイは携帯を持ってないがアイ自身にGPSが付いている。


「探してくる」


 僕はそう言い放ち、スマホに表示されるアイの場所に向かった。幸い園内にいるようだ。

 僕は人気のない日の当たらない場所でアイを見つけた。

 アイは観覧車の影で、見えなくなってしまいそうなほど静かにうずくまっていた。こんな様子は初めて見た。


「アイ、探したよ」


 僕の声に反応してアイは顔を上げた。涙を流す機能があればアイはきっと泣いていた。そんな表情をしている。


「学さん。会いたかった」


 僕はアイのそばに寄った。


「何があったの?」

「わからない。私は何故かその場から逃げ出したいと思った。そう、悲しかった。学さんがいなかった。一人だった。会いたかった。哀しかった」


 アイの思考が一気に言葉になる。


「大丈夫。僕はここだ」


 僕は優しくアイを抱きしめた。体温の機能は元々備わってないがアイはとても冷たく感じた。暖めないと、と思った。

 アイが僕以外の人と二人になってしまうことは今までになかった。上級生に絡まれた時は環境的な災害のようなもので蛍さんと二人でコミュニケーションを取ることとは全然違う。

 元々アイは僕の彼女としてプログラムされたのだ。僕以外の人との接し方なんてわからなくて当然だ。


「1人にして悪かった。僕以外の人なんてもう気にしなくていい」

「学さん。もう離れないでください」


 アイが耳元で弱々しく言った。


「もちろんだよ。ずっと一緒だ」


 何があったかはアイの口からは聞かない。アイには僕以外のことを考える必要はない。僕はアイの存在する気持ちを優先する。


「学さん。観覧車乗りませんか?」


 アイがそばにある観覧車を指差して言った。


「乗ろう。気の済むまで」


 彼女との観覧車。とても幻想的な空間だった。哀しみが日の光に照らされ消えていく雨上がりのような温かさ。


「学さん。観覧車好きですよね?」

「遊園地で1番好きな乗り物だ」

「なんで好きか当てても良いですか?」

「いいよ」

「景色が綺麗だから」

「うん。正解だ」


 こんな会話がとても愛おしかった。風が吹けばこのゴンドラが空高く舞い上がってしまいそうな浮遊感が僕を包んでいた。


「今、とっても楽しいです!」


 アイが屈託のない笑顔でそう言った。


「僕もだ」


 アイに劣らないほどの笑顔を僕も見せていたと思う。

 そのまま僕とアイは二人で遊園地を満喫した。強太には、アイが見つかり、このまま別行動で解散すると伝えた。

 家に帰ると得体の知れない喪失感が僕を襲った。機械のアイもこんな感覚を味わうのだろうか。

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