第6話 クライアントサイド

 雲一つない澄んだ青空。吸い込まれそうでどこか怖い。今日は土曜日。強太達と約束したいわゆるダブルデートの日だ。

 遊園地前で待ち合わせた強太と蛍さんと合流して園内に入った。


「二人は手、繋がないの?」


 蛍さんが強太の手を握りながら問いかける。


「え、ああ繋ぐよ」

「ぎこちないなぁ。アイちゃんこんな人で満足できるの?」

「満足以上のものを貰っています。学さんさえいれば世界を敵に回そうとも構いません!」

「へー。だいたいそういうの最初だけだけどね」


 女のプライドってやつなのかわからないがカップルマウントを取ろうとしているのだろうか。僕が強太に目に物見せようと考えてるように蛍さんも同じ考えでの言動かもしれない。

 僕はアイに気にする必要はないと伝えるように手をしっかり握った。

 最初はカップルの定番、お化け屋敷。彼氏が怖がる彼女を守って愛を深める場所だ。


「強太くん怖ーい」

「しっかり手を握るんだぞ」


 前の二人はお手本のようなイチャイチャを見せている。少し見習ってみる。


「アイちゃん怖ーい」

「しっかり手を握っててくださいね」

「逆だっ!」


 暗闇の中をお化けに気を止めることなくずかずかと進んでいくアイ。その手に引っ張られて行く僕。情けない。

 アイに恐怖心はプログラムされてない。そのことを忘れていた。無念にも彼氏らしいところを見せることもできずお化け屋敷の時間は過ぎた。


「だっせぇなお前」


 強太が僕を嘲笑するように話かける。


「カップルの在り方なんて人それぞれだ」

「どこで出会ったんだ? アイちゃんと。高校も違うようだし」


 強太が蛍さんと話しているアイに目を向け、疑問を投げかける。


「う、運命って奴だよ。そんなことどうでもいいでしょ」


 ロボットということが幸いバレてないので、できれば隠し通したい。

 元々隠すつもりはなかった、というか超高クオリティのあんな体が手に入るなんてことが予想外だった。それ故アイの細かいキャラ設定など考えてない。


「ごまかすんなら本人に聞くまでだ」


 強太はアイに尋ねに向かった。


「ねぇねぇアイちゃんって--」

「私、アイちゃんと今話してんの。邪魔しないで」


 強太が喋りかけると、アイと話していた蛍さんが強太の言葉を遮った。


「ごめんごめん」


 強太は申し訳なさそうにぺこりぺこりと頭を下げた。


「学くんと遊んできなよ。私、アイちゃんとお話ししてるから」


 強太が少し俯きながら戻ってきた。


「遊び行こうぜ」


 強太は蛍さんの言葉に従い僕を連れて歩き始めた。

 今日で蛍さんの印象はずいぶん変わった。結構怖い人だ。アイを残すのは、いささか不安ではあるがアイのことだ。さっきも笑顔だったし文字通り鋼のメンタルでどんな嫌味も吹き飛ばしてしまうだろう。


「強太こそ、蛍さんとはどんな出会いだったんだよ」


 昨日までならこの質問は嫉妬の種だったが、今となれば大したことはない。いくら可愛くても性格が悪ければ美少女ロボットのアイに勝ることはない。


「俺か。俺と蛍ちゃんはクラスで関わることも少なくて面識があるぐらいだったのに急に告白されたんだよ。顔がタイプなんだって」


 顔面至上主義社会に正義の鉄槌を。しかし強太の声はいつもの僕を見下す声とは違っていた。


「お、あれは」


 話を逸らすように、強太が指差した先には船の形をした大型ブランコ、バイキングがあった。

 僕はあれが嫌いだ。小学生の頃、ここと同じ場所であれに乗り、トラウマになっている。それ以来あのアトラクションには近づいていない。


「乗ろうぜ。まさか乗れないことないよな。高校生にもなって」


 僕の怖気付く顔を見てか、僕を挑発する。


「そんなわけないでしょ。乗れるよ」


 ここで引き下がってはお化け屋敷の一連もあって「ビビり」のレッテルを貼られてしまう。それに小学生の頃の話だ。今となれば楽勝かもしれない。

 僕は強太とバイキングの一番外側の席に座った。外側なら外側な分だけ落下する距離も大きくなる。

 そしてバイキングは動き出した。

 結論から言うと、僕のトラウマはより強固なものとなった。


「お前、あんな声出るんだな。笑い堪えるのに必死だったぜ」


 強太が近くのベンチに座って言う。僕もその隣に座った。


「うるさいな。叫ぶのは絶叫系の風物詩だろ」


 僕は必死に言い訳をした。


「同じこと、昔にもあったな」


 強太は落ち着いた声で昔を思い出すように言った。


「強太のせいで僕はトラウマを背負うことになった」

「意地張って強がるからだろ。昔も今も変わらないな」

「強太は変わった。いや、変わってないのか」


 トラウマを負ったのは強太とここに来た時のことだった。昔の強太と僕は張り合ってばかり。どこに行っても何かで競い合っていた。そんな日々が楽しかったのを思い出した。

 強太は変わっていなかった。昔のように僕と張り合っていたのだ。そして僕も無意識に昔と同じように張り合っていた。友情は朽ちてなどいなかった。

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