第5話 リブート

 アイが暴走した。緊急停止をして最悪の結末を避けることはできたが、一部始終を見た生徒には僕たちは注目の的だった。噂を聞いた教師がここにくる可能性もある。早くこの場から退散したいがアイが動けない。再起動に時間がかかるためだ。僕をこの状況から救ってくれる救世主を待ちわびたが、代わりに目の敵がやってきた。


「妙な雰囲気だな。何かあったか?」


 ことの本末をしらない強太が不思議そうに僕に問いかけた。そして強太の隣には強太の彼女である蛍さんがいた。


「なんもないよ。それじゃあ」


 今はこの場から離れたいので強太に絡まれてる暇はない。


「ちょ待てよ。その子、もしかして彼女か?」


 強太から後ろ姿でアイが見えていた。今は顔を見られるわけにはいかない。なんせアイはいま目を開いたまま無表情で固まってるんだ。不気味中の不気味だ。


「ああ。そうだよ。でもちょっと具合悪いみたいだからまた今度ね」

「ちょっと顔だけでも見せてくれよ」

「強太くんやめてあげなよ」


 蛍さんが図々しい強太を止める。いい女の子だ。強太にはもったいない。続けて蛍さんが言う。


「それはそれとして、今度ダブルデートしない? 二人は幼なじみなんでしょ?」


 おっと前言撤回。いい人かと思えば急に遊びのお誘いとは。クラスで目立つタイプはやはりアクティブらしい。僕はアクティブではないので是非ともお断りしたい。


「いいですね! 行きましょう!」


 アイが勢いよく返事をした。最悪のタイミングで再起動したようだ。


「決まりね!」


 蛍さんとアイはハイタッチをして意気投合した。


「しょうがないな。もちろんお前も行くよな」


 強太がやれやれ、と彼女らに付き合うことを表明した。


「わかったよ」


 まあ良い。これを機に強太に僕の彼女を自慢してやろう。


「じゃあ次の休日に隣町の遊園地に行きましょう!」


 ここから近くのデートスポットと言えば隣町の遊園地がある。無難なところだ。


「集合時間は後々決めましょ。じゃあねぇ。えっと……」

「アイです」

「アイちゃん、倉本くん」


 強太と蛍さんは仲睦まじく学校を去っていった。

 蛍さんは僕とあまり話したことないし、アイに関しては初対面なのに、よくもここまでフレンドリーにできるものだ。素直に尊敬できる。

 帰り道はアイと二人だった。いつも一人で帰っていたのでやや新鮮な気分だ。


「なんで学校に来たの?」


 僕がずっと疑問に思ってたことを聞いた。


「朝、学さんに学校に迎えにいってもいいかと確認したところ、良いとのことだったので約束通り迎えに参りました」

「えっ、そうだったの?」

「はい!」


 アイが屈託のない笑顔で返事をした。この笑顔が嘘なわけない。あいにく起きてから学校に来るまでの記憶がないので、多分無意識のうちに返事をしてしまったのだろう。


「それと、人を殴るのは絶対だめだ」


 僕は声の調子を変えて真剣に言った。


「どうしてですか?」

「危険だからかな」

「でも、学さんは殴られたんですよ。許せません」


 アイは憤って言った。僕は諭すように言う。


「いくら僕が殴られても、僕はアイが殴り返すことを望まない。これは君を守るためでもある」

「でも学さんは守れない」

「確かにそうかもしれない。でも仕方ないことだよ。これが僕のスタンス、かな」


 アイが僕のために戦ってくれたのは嬉しかった。だが同時にアイが人とズレた思考回路で判断して僕から遠ざかってしまうことを恐れた。僕とアイとでは根本が違う。そのことを感じさせる一件だった。

 アイに、人を害す行動を絶対にしない、とプログラムに書き加えた。

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