第4話 フローチャート
僕は好奇心か、数あるパターンを機械的に思考した最適解なのか、アイの自発的な行動に付き合うことにした。
やって来たのは緑の生い茂った広い公園。お金を然程持ってないことを考慮してアイが選んだのだ。
辺りはすっかり暗くなり、蝉の声も随分静まった。規則正しく並べられた街灯だけでは照らしきれないコンクリートの道をただ歩いた。
「ここ、登らないか?」
さらに暗くなるであろう山道を提案してみる。
「私もそのつもりでした」
なんだ。知っているのか。
十五分ほどかけて山道を登り頂上にたどり着いた。
「綺麗ですね。この景色」
僕はこの景色を何度も見ている。飾り気のない素朴なこの街は夜、上から見るとその表情を変える。ここは知る人ぞ知る夜景スポットだ。
「知ってたのか? やっぱり」
「この街のことはだいたい。インターネットで下調べしています」
いつでもインターネットにアクセスできるアイは間違いなく僕より詳しい。当然ながらこの夜景もネットの世界では常識か。
「でも、生で見たかったんです。それに学さんもここが好きでしょう?」
「いつぞやかそんなことを話したっけ?」
「いいえ。私の推測です」
アイは僕と話した内容からデータを取り計算したというのか。
「あってるよ。僕はここが好きだ」
「良かった。私もここが好きです」
アイは僕の情報を元に知らないことを計算から導き出した。それはつまりそこらのカップルより何倍も相手のことを知っているということだ。ベストカップルだ。
それから僕とアイは月明かりに照らされながら談笑した。アイとの話題は尽きることはなく、家に帰ったのは深夜〇時だった。
アイは僕の部屋でコンセントに繋がり立ったまま眠った。アイを創った達成感は計り知れないもので、それ相応に当初の目的を忘れてしまうほどの疲労感があった。僕は気を失うように眠った。
次の日は気がついたら学校にいた。家を出た時の記憶がないものだから、忘れ物をしているような気がして慌てふためいていると、強太がやってきた。
「そういえば彼女できたか?」
よくぞ聞いてくれた。強太は僕をせせら笑うつもりで来たのだろうが返り討ちにしてやろう。
「できたよ。それも君の彼女よりずっと可愛い」
自慢気に言ってやると強太はきょとんとした顔をした。
「え? あんま嘘つかない方がいいぞ」
「嘘だと思うならそう思ってればいい」
「へぇー今度合わせてもらおうか」
「もちろんだとも」
機械の彼女をこんなふうに自慢してると少し気が引けてくるが「つくった」のは紛れもない事実だ。
それから時間が経って下校時刻になった。校舎から出ると燃えるような暑さが僕を襲う。こんな中部活をやっている人は命知らずなのか。僕には程遠い世界だ。
そんなことを考えていると、校門近くに障害物発見。柄の悪い上級生たちだ。
そろりそろりと抜けようと思ったが、上級生が囲っていたのは僕の彼女だった。
なぜここに。
「私には恋い慕う人がいますので。すみません人を待っているんです」
どうやらピンチのようだ。助けるほかない。
「あのーすみません……」
「学さん! 学業お疲れ様です」
笑顔で僕を迎えるアイ。どうやらアイ自身はこの状況をピンチとは思ってないらしい。
「お前彼氏か?」
威圧感のある声で僕に問いかける。
僕はアイを僕の彼女という認識しかしていなかったけどアイからしてみれば僕は彼氏なのだ。ヒーローにしては弱々しい登場ではあったが、ここからは彼氏としての振る舞いをしてみせる。
「そうです。僕がアイの彼氏です!」
僕は上級生の気迫に負けないよう強気に言った。
「アイちゃんって言うんだ。ちょっと貸してよ。君には身の丈に合ってないよ」
「嫌です」
「あ? お前一年のくせに調子乗ってるとどうなるかわかってる?」
「こいつ、背も低いし弱そうだし相手にすることないだろ」
上級生のグループは僕を受け流してアイを連れていこうとする。
上級生だし、グループだし、すごく怖い。だけど、僕が何日も時間をかけて創った結晶。こんな奴らに渡すわけにはいかない。
上級生がアイの肩に手を回した。
「アイに触るなっ」
僕は咄嗟に上級生の手を払い飛ばした。
「やったなお前」
瞬く間に僕は上級生に頬を殴られ、地面に倒れた。
「弱っち。じゃあ行こうか。待ってた人もこんなようだし」
上級生は今度こそアイの肩に手を回して歩き出そうとした。しかしアイは動かなかった。
「何だこいつ、鉛みたいにびくともしねぇ」
上級生がいくら動かそうとしてもピクリともしないアイ。
「私の愛しの人に何するんですか」
アイは震えた声で言った。顔は見えなかったが今までにない挙動であることはわかった。そして、上級生が僕を殴ったように、アイは上級生を殴り飛ばした。
僕は一瞬何が起きたかわからず固まった。僕を殴った上級生はうつ伏せに倒れ込んだ。
「あなた達も同罪ですよ」
今度は周りにいた上級生を睨みつける。一人、上級生グループで一番ガタイのよい男が「上等だ」と殴りかかったがその腕を掴みとった。
「離せ! お、折れる!」
あの面構えからは予想できない叫声が漏れる。
まずい。このままだと本当に危ない。アイは仮にも機械だ。重量も力量もある。
僕は倒れて打った痛む腰を起こして、急いでアイに飛びかかった。
「やめてアイ。もう大丈夫だ!」
アイの目は僕を写していなかった。目の前の上級生に夢中で僕の声など聞こえていない。
僕はアイの首の裏にある緊急停止ボタンを初めて押した。上級生の腕は解放され、たちまち上級生グループはいなくなった。
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