第三章 集う

第21話 一匹のゴブリンの頭が、飛んだ。



     00



 完全にしくじった。

 時期を読み違えていたわけでも、日を間違えたわけでもない。

 ただ、単に運の巡り合わせが悪かったとしか言いようがなかった。

 商人の子として生まれてきたからには、物を売ることは必要なことだ。

 馬車を駆り、街へ町へと物を売りに行くことも必要だ。

 

 私は今、モンスターに囲まれている。

 

 道中、突然現れたゴブリンの群れに襲われ、馬は死に、馬車は横倒しにされた。

 下卑げびた笑いで、どう遊ぼうか算段をつけているのだろう。

 馬車の中で、様子を伺いながら、死ぬまでの時間を延ばすしかない。

 冒険者や傭兵が偶然通りかかったら……おそらく、それはない。

 もう今すぐにでもゴブリンたちは私を引きずりだそうと――。


 一匹のゴブリンの頭が、飛んだ。


 続けざまに雨のような矢がり注ぎ、ゴブリンたちが次々とやられていく。

 その、隙間をうように小さな影が走り抜けていき、矢をかわした、あるいは生き延びていたゴブリンの首をねていく。

 逃げようとする残りの奴らも、手斧や投げナイフで殺されていく。

 あっという間だった。

 まばたきもできずに、ただ、その光景を見続けるだけだった。

 影は動きを止め、その姿を見せた。

 小汚いローブで身を隠しているが、小さい。

 子供……よりは大きいが、それでも人ではなさそうだった。

 亜人の可能性は高い。

 だが、助けてくれた以上、友好的であってほしいと願った。

 隠れていた場所から身を乗り出し、姿を現させた。

 誠意のつもりだ。


「あ、ありがとう! 助か――」


 風が吹いた。

 かなり強くて、思わず目を閉じてしまう。

 そして、目を開けた時には。


「――えっ」


 どこにもいなかった。

 あのローブの亜人も、矢も、ゴブリンたちの遺体も。

 血だけが、そこにあった大量の死を物語っていた。

 私は、ただ困惑するしかなかった。



     〇



(……やはり触れると遺体は消える、か)


 森を出ていくつかの時を過ごして、いろんなことが分かった。

 森の中とは違い、魔物の出現が異なること。

 これは突然のようなものが出現し、大量の魔物が出てくるところを確認したので間違いはない。

 また森の中の魔物とは違って理性や思考というものが存在せず、出現した場所からうろうろと徘徊し、冒険者や通りかかるものに襲い掛かることを繰り返す。

 森の中の魔物や獣のほうがよほど考えて動いていると感じた。

 そして、外の冒険者は戦いを避ける傾向にあるようで、魔物に襲われたら適度には追い払って、その後は逃げているようだった。

 消耗を避けているように感じられる。

 無駄な戦いはしないことを徹底しているようだった。

 これのお陰で俺たちを見かけても冒険者たちは逃げるので、とても助かっている。


 そして、もう一つ。


 外の魔物の遺体は、触れると消滅する。

 これはどんな魔物でも例外なく消えた。

 触れると、光の粒になって霧散する。

 これは俺でもアルラウネの彼女でも全く一緒だった。

 そしてこれも共通していることなのだが、触れた後は調ことだった。

 どうやら森の中の常識は、ここでは通用しないらしい。

 より一層、気を引き締まらなければならないだろう。


 冒険者に襲われない以上、焦る必要もない。

 じっくりと、この平原で生き抜けばいい。

 彼女と共に。

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