第22話 『救い影』



     〇



 とある噂が流れている。

 平原で窮地きゅうちおちいると、二つの影が救うのだと。

 多くの行商人、あるいは冒険者、あるいは貴族、あるいは民間人。

 それらすべてが口をそろえて言うのだ、助けられた、と。

 正体は人ではなく亜人とも称されている。

 その真偽は、いまだ不明であった。

 人々は言う。

 『救い影』と。

 そして、酒場で飲んでいる一人の行商人もまた助けられた一人である。


「やあレアン! 無事に来れたんだな、よかった」

「トーマス……」


 赤毛の青年の行商人レアンの前に喜色に満ちた顔で現れたのは恰幅のいいひげ面の中年、トーマスだった。

 レアンの父とは親友で、ここの酒場のマスターをしている。

 初めこそは喜びの笑顔だったが、レアンの顔がよくないことに気が付くと心配そうな顔つきに変わる。


「どうした、何かあったか?」

「いや……その、話してもいいか、悩んでて」

「なんだ、言ってみろ。話せば楽になることかもしれないだろ?」

「……あの噂のことだけれども」


 レアンのその一言に、ちょっと笑いがこぼれたトーマス。


のことか?」

「ああ」

「ただの噂だろ……ここまでくると、信ぴょう性は高いが、実際に見ないことには」

「ここに来る途中、の発生を受けた」

「!……それで?」

「ゴブリンの群れに襲われて、馬もやられて、もう駄目だって荷台に隠れていたら、噂の二人に助けられた。あっという間だったよ」

「本当にいたのか……それで?」

「風が吹いて、目を閉じてしまったんだ。目を開けたら、姿かたちもなかった」

「なるほど……噂は、本当だったってわけか」

「ああ」

「……レアン、その二人には恩義を感じているか?」

「ああ、まあ命を助けてもらったからな。多少なりとは」

「……ちょっと耳を貸せ」

「?」


 トーマスの言う通り、レアンは聞き耳を立てた。

 小さい声でトーマスは、ある話を告げた。

 それは。


「ギルドの方からの通達でな。近いうちに『救い影』の討伐隊が出されるそうだ」


 その一言にレアンは、困惑を隠せなかった。



     〇



 森の外では武器の入手が厳しい。

 何せ冒険者は逃げるし、魔物は持っている武器さえも消えてなくなる。

 今までのような戦い方はできなくなった。

 一番初めの、石や木で武器を作っていたころにまで戻ってしまうことになる。

 時たまくなった冒険者の武器を拝借はいしゃくし、丁寧ていねいに使うことを心掛けて、一つ一つをぎ直しをしたり、整備したりはするが、それでも限界はある。

 どこかで定期的に入手できる……あるいは鉄製の武器の生成せいせいができれば……。

 今はどうしようもない。

 考えなければ。


 これとは別に変わったことが幾つかあった。

 ひとつは『妙に力がいてきている』こと……そして、アルラウネの彼女が『鉄製の装備』を持つことができるようになったことだ。

 どういう訳かは分からない。

 これは森の中では起きなかった現象だ。

 この現象もまた、考えなくてはいけない。

 注意深く行動を振り返れば、必ず、理由は見つかる。

 強さにつながるのなら、なおさらだ。


 強くならねば……あの『死』そのものさえも、対峙できるように。

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