第4話 タチが悪い

▼〈新コロ〉は「タチが悪い」と思う。

 孫子なら「始めは処女のごとく、後には脱兎の如し」と言うかも…。

「カゼみたいなものです」と安心させながらウイルスを増やしまき散らしておいて、健康で免疫力十分な人間からはそっと立ち去り、相手が弱っていると見るや徹底的に痛めつける。

「医師脳先生、そんなに僕たちのタチが悪いなんて、致死率で比較すればSARSやMERSよりずっと低いですよ」と〈新コロ〉が不服そうに言う。


▼確かにそうだろう。

 そもそも〈致死率〉とは死亡者数を感染者数で割って算出したものだから、感染者数が正確でなければ意味をなさない。

 感染者の二割しか発症しないとされる新型コロナウィルス感染症では、正確に感染者数を把握することなど無理。

 さらに、感染者の検査対象の範囲は各国バラバラだから、国別の〈致死率〉など比較にならない。

 …とすれば、どうにでも操作できる〈致死率〉より、人口1000人あたりの死亡者数である〈死亡率〉の方が数字としては当てになるだろう。

「医師脳先生、僕たちのタチが悪いという話から随分と脱線しましたよ」

「ごめんごめん。話がそれたついでに言うと(日本では2019年に)交通事故で約3000人、季節性インフルエンザでも約3000人、自殺で約20000人が亡くなっているんだ」


▼新型インフルエンザに感染しても、多くの人は症状がないまま気づかずにおわる。

 カゼのような症状(微熱・咳・のどの痛み)が出た場合、8割の人は治ってしまうが、残り2割の人は肺炎へと重症化する。

「これは非常にヤバイことなんです」と感染症の専門家の岩田健太郎・神戸大学教授は指摘する。

「どうしてヤバイことなの?」と〈新コロ〉が口をはさむ。


▼SARSやインフルエンザにかかれば(最初からひどい症状がでるので)病気の自覚はあるし、他人にうつす心配もするだろう。

 ところが新型インフルエンザの場合、かかり始めは症状が軽いので「カゼかな?」ぐらいで、仕事にも遊びにも出かけてしまう。

「普通に過ごして多くの人にうつす機会を(宿主である)感染者に与えておいて、2割の人を時限爆弾みたいに重症化させる。ものすごくタチの悪いウイルスなんです」と岩田教授は解説する。


▼従来型のコロナウイルスは、のどや鼻などに(いわゆるカゼの)症状をみせるだけであった。

 ところが、新型コロナウイルスは、肺で急激に増殖して…。

 肺は酸素の交換をする器官なので、肺の細胞が大量にやられると呼吸ができなくなり、命にかかわる事態となる。


▼もともと呼吸機能が落ちているCOPD(タバコ病)患者では、重症化しやすいと言われるゆえんである。

「マスクでタバコが吸いにくい今こそ、禁煙のチャンスなのにね!」と、またしても〈新コロ〉に一本取られた。

 一方的に〈タチが悪い〉と責めるより、自分や家族や仲間を守るために行動しなければ…。

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