第2話 さまよえる遺伝子
▼地球が誕生したのは46億年前。
DNA生物が出現したのは38億年前で、それまではRNAの世界だったらしい。
鳥類最古の化石は中国の1億6000万年前の地層で発見された。
地球上にネズミの種類が出現したのは6000万年前で、ウシやブタの祖先は5400万年前だとも聞く。
「そんな昔から僕たちウイルスは地球上に存在していたんだよ」と、新型コロナウィルスの〈新コロ〉は自慢していたっけ…。
▼つまり(20万年前とされる)人類の誕生よりずっと前から、ウイルスはこれらの動物に寄生していたと考えられる。
その後、人間が農耕生活を始めると(家畜の飼育などにより)動物への接触が増えた。
そんな状況が続き(動物に感染して生きる)ウイルスが人間に感染し(人間に適応して)人間の間で広がるようになったと推測されている。
でもなぜウイルスは自立して生きられないのだろう。
▼ちょうどタイミングよく〈新コロ〉が現れた。
「僕たちウイルスは(子孫を作るための)遺伝情報だけなんです。だから子孫を残すための代謝系を(ウイルスが寄生する)細胞に依存するしかなかったんですよ」
「さまよえる遺伝子、ってところか…」とからかうと、〈新コロ〉はムキになって自慢し始めた。
「細胞膜がない僕たちウイルスは、寄生している細胞のなかで急速に増えて…天文学的な数のウイルスが産生されるんだよ」と。
▼人間とウイルスでは、複製のスピードと変化の速さがまったく違う。
生まれたばかりの人間が成長して次の世代を産むのに二十年くらい。
…なのにウイルスは秒や分単位で増え続ける。
人間が何千年何万年という歳月をかけてしか獲得できない形質変化を、ウイルスは一日から数日という単位で達成していくわけだ。
そうした猛烈なスピードで複製を繰り返しつつ、ウイルスは(その姿を変え)薬剤耐性能力や免疫系からの逸脱能力を獲得してきた。
▼もし新型ウイルスによる変異(世代交代)が起こらなかったら、やがて多くの人間が(従来型?)ウイルスに対する感染防御免疫を獲得してしまうだろう。
そうなると、ウイルスは宿主をうしない、自らも消滅する運命をたどる。
大きな抗原性変異によって新型ウイルスが誕生することは、ウイルスの賢い生き残り戦略なのかも…。
「そうなんですよ、医師脳せんせい!」と〈新コロ〉は口をはさんでくる。
▼私たち人間が新薬を開発しても(次の新型ウイルスには無効だし)その場しのぎになるのだろう。
人間とウイルスどちらかが地球上から消滅するまで終わらない戦いなら、孫子の「絶対負けない兵法」を選択するのが賢いのではないか。
「囲師には必ず闕(か)き、窮冦(きゅうこう)には迫るなかれ」と、孫子は説く。
相手を根こそぎせん滅させてしまう戦い方は賢明ではない、という意味だ。
「お互い地球に住む者同士、寛容と多様性がなくっちゃ」と呟いて、〈新コロ〉は消えた。
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