Episode2 私のお店は……(8)

    ◇ ◇ ◇


 翌日、いつもより少しだけおそい時間に目を覚ますと、何やら家の前がさわがしかった。

「んぅ~~ん? 何だっけ?」

 昨日の夜は結構遅かったので、頭がはっきりしない。

 当初こそ、程々で切り上げる予定だった錬成薬ポーシヨン作り。

 それが、ちゆうくすりびんが足りなくなったあたりから、予定がくるい始めた。

 薬瓶が無ければ作るしかないよね?

 作るためにはガラスに火を入れないといけないよね?

 そうなるともうダメ。一度ガラスをかしたら、使ってしまわないと色々めんどうなのだ。

 で、ひたすら薬瓶作り。冷えたはしから錬成薬ポーシヨンを注ぎ、みつぷう

 それをり返し、最終的にガラスをすべて使い切るころにはすでに外は白み始めていた。

 おかげで商品は大量にできたんだけど……。

「あー、う~~?」

 のそのそと身体を起こし、窓から外をのぞくと……男の人がいっぱい。

 ……あ、そういえば今日からさくを作り始めるって言ってたっけ。

 さすがゲベルクさん、思ってた以上にじんそくだよ。

 こんな朝早くから始めるとか……すでに資材が積み上げられてるし。

 あいさつ、しないといけないよね、やっぱり。

 私は疲れた身体にむちを打って起き上がると、身なりを整えて外に出る。

「おはようございます、ゲベルクさん」

「おう、おはよう、じようちゃん。庭、ずいぶんれいになったな?」

 ゲベルクさんが示すのは、昨日頑張って〝荒れ果てた庭〟から〝少し手入れをおこたった庭〟にクラスチェンジを果たしたウチの庭。

 まだ草を抜いただけなので、さすがに〝手入れの行き届いた庭〟にはほど遠いけど、随分マシになったのは確か。

「ええ、まぁ、それなりに頑張りました」

「疲れているのはそれが原因か?」

わかりますか? それも原因の一つですね」

 身なりを整えたつもりだったけど、見て解る程度には疲れが表に出ているらしい。

 どっちかと言えば、そくの方がつらいんだけどね。

「それで、えっと、えっと、こちらの方たちは……?」

「こいつらは村の男衆だ。大規模な作業の時には呼んどる。問題ないたぁ思うが、いらんちょっかいかけるやつがいたらワシに言え。こんじようたたき直してやる」

 そう言うゲベルクさんの右手にはでっかいハンマー。

 それを軽々と、ブンブン振っている。

 それじゃ、根性を〝叩き直す〟じゃなくて、〝叩きつぶす〟にならないかな?

 ゲベルクさんの言葉に一部の人が顔を青くしたのは、たぶん気のせいじゃない。

「おはようございます、みなさん。先日引っしてきたれんきんじゆつのサラサです。よろしくお願いします」

 まだ挨拶していない人たちだったので、この機会にていねいに頭を下げておこう。

 私がそう言うと、皆さん、にこやかに口々に挨拶を返してくれたんだけど……すみません、名前は覚えられそうにありません。

「無理に覚える必要は無いぞ。すいするなら、どうせ覚えることになる」

 そんな私のこんわくを察したのか、ゲベルクさんがフォローを入れてくれた。

 どうやらここにいる人たちは、だんは農業をしているりんやといの人たちらしい。

 つまり先日、エルズさんに案内をたのんだ時、後回しにしてしまった人たちってわけだね。

 ……うん、頑張って覚えよう。

「それで、作業はもう始めてもいのか?」

「はい、お願いします。あっ、裏庭の畑には薬草が植えてあるので、そこだけは気をつけてください」

 貴重な薬草をせっかく掘り上げて移植したのに、もしも踏まれたら結構悲しい。

「ワシはプロ、こいつらの本業は農家、解っとる。そいじゃお前たち、手はず通り頼むぞ!」

「「「おう!」」」

 ゲベルクさんの号令にせいの良い声でこたえ、男の人たちが動き出した。

 見る見るうちにボロボロの柵がてつきよされていく。

 ゲベルクさんの方は家の壁や看板をかくにんしているので、手分けして作業を進めるのかな?

「あの、私は何かやることありますか?」

「ああ? 細けぇ注文がねぇのなら、別に用事もねぇな」

「そうですか? それならお任せします」

 すでにゲベルクさんにお任せしたのだ。

 作業中にあれこれ言ってじやするつもりも無いし、何よりねむい。

 私はなおに部屋に戻ると、しばしの間二度寝を楽しみ、次に目覚めたのは完全に日がのぼりきって、昼間近という時間帯。

 再びのそのそと起き出し、窓から外を覗けば、家の前の柵はすでに出来上がっていた。

「うわっ、さすがに仕事が早い……側面は……うん、さすがにまだだよね」

 側面にある窓から覗けば、そちら側はさすがに石垣積みの真っ最中。

 こっちまでできていたら、さすがに異常だよね。

「お昼は……適当で良いか」

 食べに行くのも面倒だったので、買い置きの干し肉で朝食けん昼食を済ますと、「よしっ!」と一つ気合いを入れて、家の外へ。

「ゲベルクさん、お疲れ様です。順調ですね」

「おう、嬢ちゃん。そうだな、今日中に支柱を立てるところまでやって、明日の午前中に板を張って、もんを作って完成ってとこだな」

「早いですねぇ。助かります」

かべの方も直しておいたが、看板は数日待ってくれ」

 ゲベルクさんに言われて家の方を見ると、何ヶ所かあったしつくいのひび割れが、確かに綺麗にり直されていた。

「──あ、本当だ。看板もりようかいです。よろしくお願いします」

「任せておけ!」

 力強くけ合ってくれたゲベルクさんからはなれ、私は辺りを見回す。

 柵に関しては私が手伝うことは無いみたいなので、私は前庭を〝手入れの行き届いた庭〟にクラスチェンジできるよう、努力しようかな?

 薬草は回収したから、あとは適当に木のせんていをして、草をり込んでからだんでも作ろう。

 せっかくの自分のお店、どうせなら可愛かわいいお店が良いじゃない?

 花の綺麗な薬草を植えれば、一石二鳥だし。

 とはいえ、花や葉っぱを使うタイプは花壇に植えるのには向かないから、花が終わったあとの根っこや種を使うタイプじゃないとダメだよね。

「まずは木の剪定から」

 びすぎている部分をズバズバと切り落としていく……魔法で。

 のこぎりは買ったけど、背の高くない私にとって、高木の剪定はちょっと大変なのだ。

 魔法だと細かいことはできないけど、木に登る必要も、み台を用意する必要も無い。

 草だって、魔法で刈っちゃうもんね!

 普通の魔術師には難しい細かなせいぎよも、錬金術師にかかれば容易たやすき事よ!

「ふっふっふ、便利だよねー、魔法って」

 私のれいな(?)魔法さばきに目を丸くする人たちをしりに、私は作業を進めていく。

 まぁ、華麗かどうかは別にしても、こういう使い方にはかなりの制御力が必要になるから、できる人は限られていることは確か。

 だからこそ、錬金術師はエリートで数が少ないのだ。

「花壇は……アプローチのわきと、家のかべぎわで良いかな?」

 位置を決めたらザクザクと土を掘り返し、裏の森から切り出した丸太で境を作る。

 一応、ゲベルクさんに確認して、木を切っても問題ないというおすみきはもらっている。

 その際、丸太をかついでもどってきた私に、男の人たちからきようがくの視線が注がれたんだけど、これ、身体強化してますからね?

 あえて主張はしないけど、素じゃかなりひ弱ですから、私。

「よし、できた~~!」

 剪定された植木と綺麗に刈りそろえられた草、しゆあふれる──ぼくな感じの花壇。

 これはもう、〝手入れの行き届いた庭〟と言っても良いんじゃないかな?

「あとは……花壇、何を植えよう……?」

 手持ちの素材の中で、花が綺麗な薬草を思いかべる。

 どの薬草も花は案外綺麗なのだが、手元にあるのは種自体が素材になる物のみ。

 私が持っているのはくまで錬金術の素材。葉っぱを使う薬草は葉っぱしか持ってないし、根っこを使う薬草もかんそうさせた根っこなので、植えたところで芽は出ない。

「時期は良いから、たいていの物はだいじようなはずだけど……」

 幸い、今は春。く時期としてはちょうど良いし、種を使う薬草なら、花が終わるまで花壇に植えておけるので、観賞用としても悪くない。

 葉っぱや花を使う薬草だと、途中でむしってしまう事になるので、台無しだもんね。

 私はしばらく考えて、アプローチ脇には小さくて白い可愛い花がく薬草、家の前にはあおむらさきの少し大きめの花が咲く薬草を植えた。

「こっちはつたを伸ばすから、芽が出るまでに支柱も準備しないとね」

 どちらも強い薬草なので、芽が出ないということは無いと思う。

 花に囲まれて営業する自分のお店を夢想して、私は一人みを浮かべた。

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新米錬金術師の店舗経営【増量試し読み】 いつきみずほ/ファンタジア文庫 @fantasia

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