Episode2 私のお店は……(2)

 二階の部屋は大小合わせて八部屋もあったが、すべての部屋は空っぽ。

 いつさいがつさい、な~んにもない。

 備え付けの棚みたいに、動かせない物だけが残っている。

 ゆいいつの例外は、錬金こうぼう

 あそこだけは手が付けられていない様子で、むしろ引っしの際、何一つ持っていかなかったようにも見える。

 ちょっと掃除すれば、明日あしたからでも仕事ができそうなほど。

「普通、引っ越すにしても、ある程度の家具は置いていくんだけどなぁ……?」

 近所ならともかく、ほかの街ともなると大きい家具は運ぶ方が大変だから、知り合いにあげたり、古い家に置いたままにしたりする。

 りようの私の部屋に置いていた小さいチェストも、そうやってもらってきた一品。

 師匠の知り合いからもらっただけにちょっとした高級品で、お気に入りだったんだけど、さすがに持ち運べないので置いてきたのだ。

 処分されるとかなしいので、だれか新入生が使ってくれたら良いんだけどね。

 ……あ、もしかすると、この村にたまたましんこんさんでもいたのかな?

 結婚して新居を建てた場合なんかには、こんな風に全部もらっていって、足りない物だけを注文する事があるみたい。

 新婚だからと、一気に全部、新品でそろえるなんて、金銭的に大変だからね。

「まぁ、おかげで掃除が楽、かなぁ……」

 家の掃除が格段に楽になる『清掃』の刻印だが、残念ながら弱点もある。

 一つはエクステリア──家のがいへきや窓、屋根などには効果が出づらいこと。

 ちょっとずつしか綺麗にならないから、常に雨風が当たる部分に関しては、追っつかないんだよね。

 そしてもう一つは、にしか効果が無いこと。

 家具を置いていると、そこに積もった埃や汚れは綺麗にならない。

 つまり、現時点で家具がほとんど無いこの家は、刻印の効果で、数日中にはほぼ綺麗になっている可能性が高かったりする。

「とりあえず、ここを自室としておいて……」

 南側の一番日当たりの良い部屋に荷物を置き、再度一階へ降りて台所へ。

 一番気になるのは工房だけど……今入っちゃうと時間を忘れちゃいそうなので、なみだをのんでまん、我慢。

「台所は……うわっ、かまどもコンロも無い……。料理もできないよ、これじゃ」

 熱源として、しよみんの家庭で一般的なのは、まきや炭を使う竈。

 それが設置されていない代わりに、この家は錬金術師の家らしく、魔力で動くコンロが設置してあった……みたい。

 今残っているのは、そのこんせきの土台のみ。

「ま、しばらくは外食で済ますとして……。やった、お発見! さすが錬金術師!」

 錬成具アーテイフアクト錬成薬ポーシヨンを作る時に、身ぎれいにしていないとダメな物もあるので、錬金術師の工房にはお風呂が付いていることが多いのだ。

 もちろん、師匠のお店にもあったので、私も何度も使わせてもらっている。

 私、お風呂は大好きだから、ポイント高いよ、これは!

 でも、師匠の所みたいに、かしの錬成具アーテイフアクトを作らないと薪代がバカにならないので、当然私もそれを目指す。

 じゃないと、とても毎日は入れないからね。

「うわ~、何かすっごくやる気が出てきたよ! 最後は裏庭だね!」

 私は気合いを入れ直すと、台所の奥にあった、裏庭へと続く扉を押し開いた。


 ──扉の向こうは原生林となっていた。……とまで言うと大げさか。

 一応、ここは薬草畑のはずなのに、見た印象としてはただのやぶ

 家の周りを囲むさくは、申し訳程度にしか残っておらず、かなりの部分がくさって破損。

 このままでは、すぐ後ろまでせまった森に裏庭が飲み込まれるのは、時間の問題だろう。

だいじようだよね?」

 扉を出てすぐ右手にある井戸の周囲は、いしだたみになっていてギリギリ藪からまぬがれている。

 中にゴミが入ったりしないよう、きっちりとふたはされているが、釣瓶つるべなどはないため、水はめない。

「中は……ちゃんと水はある。れてはいない。釣瓶を買ってくれば使えるね」

 よし、大体あくできたかな?

 ひとまず必要な家具はベッドとテーブル、

 雑貨類としては、食器ととん、釣瓶。これだけあれば生活はできる。

 どこで買うべきかは……よし、さつそくエルズさんにたよろう。

 歩いて一分ほどのおとなりへ向かい、声を掛ける。

「エルズさーん、ちょっと良いですか?」

「はーい、ちょっと待っておくれ。──あいよ、何か手伝いが必要かい?」

「えっと、手伝いというか、買い物がしたくて。家具や雑貨類が欲しいんですが、どこで買えば良いでしょう?」

 ほど待つ事もなく出てきてくれたエルズさんにたずねると、すぐに答えが返ってきた。

「そうだねぇ、家具は大工、なべかまならのとこに注文だね。ある程度は雑貨屋で買えるが、よく売れる物以外は街への注文だね」

 あぁ、小さい村だとそうだよねぇ。

 王都だとそのあたりは、まず困らないんだけど。

 まぁ、私は見るだけで、買うことは無かったけどねっ!

「やっぱりそうですか。場所を教えてもらっても良いですか?」

「そりゃかまわないが……」

 エルズさんは少し考えて、ウンと一つうなずく。

「そうだね、アタシが案内してやるから、少し家に入って待っといておくれ」

「良いんですか?」

「小さい村だからね。あんたも顔つなぎしておいた方が良いだろう? まかせな!」

「それは助かります! ありがとうございます」

 たのもしいみをかべて胸をドンとたたくエルズさんに、私は頭を下げてお礼を言う。

「良いってこと。ささっ、入んな!」

 エルズさんにさそわれるまま家に入り、出してくれた温かいお茶を頂く。

 よく考えたら、村に着いて水の一杯も飲んでなかったなぁ、と思い出し、ホッと一息ついていると、しばらくしてエルズさんがもどってきた。

「よし、準備できたよ! 行くかい?」

「あ、はい! お願いします。お茶、ごちそうさまでした」

 エルズさんの家を出て、案内されるまま、たどり着いたのはいつけんの民家。

 周りに木材が置かれ、作業場のような所はあるものの、何か看板が出ていたりはしない。

 良かった。案内してもらわないと、これはちょっと声をけづらい。

「ゲベルクじいさん、いるかい?」

 えんりよに家にみ込むエルズさんに続き、私も遠慮がちにその後を追う。

「なんじゃ、エルズか。仕事か? ん? 後ろのじようちゃんは初めて見る顔じゃな?」

 奥から出てきたのはかなりこうれいのお爺さん。

 その割に、かくしやくとした動きであまり老いを感じさせない。

 ちょっとするどい視線と厳しそうな表情がにもがんな職人風で、あんまりコミュニケーションが得意じゃない私としては、一人で話しかけるのはちょっとこわい感じ。

「こっちは、越してきたサラサちゃん。なんと、れんきんじゆつ様だよ!」

「おお、あの店かの? それは助かるわい。それで、家の修理か?」

「あ、いえ、それもそのうち頼むかもしれませんが、今日は家具の方を」

 絶対に無いと困るのはベッド。

 野宿することを考えたら、ゆかの上でも大丈夫だけど、さすがに自分の家でそれは悲しい。

 テーブルや椅子も欲しいけど、所持金のことを考えたら、とりあえずは保留かな?

「ベッドをお願いできますか? できるだけ早く。作りさえしっかりしていれば、他は細かいことは言いませんので」

「ふむ。寝るのに困るものな。そうさな、それなら値段は──」

 少し考えて、口を開いたゲベルクさんの背中を、エルズさんがパシーンと叩いた。

「なんだい、爺さん! 可愛かわいい嬢ちゃん、しかも錬金術師様が越してきてくれたってのに、ベッドの一つや二つ、引っ越し祝いにくれてやったらどうだい!」

「あ、いえ、きちんとはらいますよ……?」

「でも、サラサちゃん。新米な上に、こんなど田舎いなかに来るぐらいだ。あんまりお金、ゆうが無いんじゃないのかい?」

「うっ……」

「それに、あの家、なーんにも家具が無かっただろう?」

「……そうか、あの家の家具、キリクのぼうが新宅を構えた時、のきみ持っていったんだったな。よし、わかった。ベッドはタダで作ってやる」

「えっ!? あの、いんですか?」

「エルズの言うとおり、孫よりも小さい子に引っ越し祝いもくれてやれねぇようじゃ、男がすたる。余裕ができたら、注文してくれりゃ良い」

「あ、ありがとうございます!」

 正直なことを言えば、運転資金がこころもとないから、非常に助かる。

 怖そうなお爺さん改め、気前の良いお爺さんはかたほおを上げて笑い、そんな彼に私は、お礼と共にぺこりと頭を下げた。

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