Episode1 卒業できた!(3)

 ちなみに、錬金術大全は時折古本屋ではんばいされていたりするのだが、師匠いわく『ほぼ確実に偽物だから絶対に手を出すな』とのこと。

 もちろん、はいぎようした錬金術師から流れた本という可能性もゼロじゃないのだが、一、二巻ならともかく、一〇巻ともなればまずあり得ないらしい。

 少なくとも師匠は、古本屋で本物を見たことは無いという。

 たちの悪いところになると、レベルが低いと確認できないのを良いことに、初級錬金術師でも確認可能な三巻ぐらいまでは本物を使い、後は全部偽物にするというようなだまし方をするのだとか。

 それでも正規品の値段が値段だけに、時に手を出してしまう錬金術師がいて、泣きを見るらしい。

「しかし、本当に五〇〇万レアを貯めるとはなぁ……」

 なんだか師匠がかんがい深げに私を見てくるんだけど、私も全く同感である。

 本気で節約したからなぁ……。

 いつぱん的には大金と言われる額を持っていながら、この五年間、一度もこう品を買わなかった私、められてもいんじゃない?

 うん、凄いぞ、私!

「それで、買いに行くのは良いんだが、どうやって持ち帰るつもりだ?」

「え? それはこれに入れて」

 そう言って私はクルリと回り、背負っているバッグを師匠に見せる。

 中に入っているのは、勉強道具と現金を除けばわずかなえ程度。

 これがひつじゆ品以外を買っていない、私の全財産である。

 びんぼうしようの私は、かざり気はないけど丈夫で大きめのバッグを選んでいたので、まだまだスペースに余裕はあるし、多少重い本を入れても大丈夫!

 そう思って自信満々に示したのだが、師匠には不評だったらしく、ため息をつかれてしまった。

「はぁ……。ちょっと奥に来い」

「あ、はい」

 少しあきれたような師匠に連れてこられたのは、普段は上がらない二階の一部屋。

 たくさんの本が並び、少しうすぐらい。

 部屋の中央には大きな机があるが、やや雑然と物が置かれ、あまり片付いてはいない。

「ちょっと待ってろ」

 そう言われて、なおに待つことしばし。

「これが、錬金術大全、三巻から一〇巻だ。一巻と二巻はお前も見たことあるな?」

 そう言いながら師匠が机に積み上げたのは、八冊の本。

「……おや? なんかぶ厚くないですか?」

 ……八冊? これで?

 私が師匠の仕事場で読ませてもらっていた錬金術大全の一、二巻は、せいぜい二センチ程度の厚みしか無かった。

 だのに、今机に積んである本の高さは全部で五〇センチはある。

「コイツはな、巻が進むにつれ、だんだんとぶ厚くなるんだ。ちょっと持ってみろ」

「あ、はい」

 師匠に言われるままその本のタワーを持ち上げる。

「ぐ、ぐぬぬぬ。お、重いです」

「だろう?」

 私のほそうででも持てないことはない。

 バッグに入れることも……たぶんできる。

 だけど、これから私はしゆぎよう先を探して、そこまで移動しないといけないのだ。

 そしてその場所は、おそらく王都ではない。

 そんな旅行にえられるかというと……。

「どうだ? やはりウチで働かないか? 大全を買う必要も無く、修業先を探す必要も無いぞ?」

「むむむむっ……そ、それは……いえっ! やっぱりえんりよさせてください!」

 ニヤリと笑って私をさそう師匠に、私は断腸の思いで首をった。

 正直、師匠ほどの腕を持つ錬金術師に入りできる機会なんて、ほぼあり得ないだろうし、ここで学んでいけば順調に才能をばせることはほぼ確実。

 師匠もずいぶんと私を買ってくれているようで、バイト時代から誘われてはいた。

 だけど、それでも私が首を縦に振らなかったのは、自分の世界がとてもせまいことを自覚していたからだ。

 幼い頃にいんに入り、その直後から錬金術師を目指してひたすら勉強。

 学校に入っても、やった事と言えばバイトと勉強のみ。

 行動はんも、学校と師匠のお店、それにけ持ちしていたほかのバイト先ぐらい。

 このまま師匠のお店に入ってしまえば、ほぼ確実に世間知らずのまま成長してしまうのでは、という危機感があった。

 それを考えると、少なくとも一度は独り立ちをすべきと思うのだ。

「ふむ。やはりそうか。残念ではあるが、まあ、外に出るのも良い経験だろう。そんなお前に卒業祝いだ」

 これまでにも何度か断っているだけに、私がそう答えるのは予想通りだったのか、師匠は軽くうなずくと一つのリュックを私にわたしてくれた。

 私が持っている実用性いつぺんとうな物に比べ、そのリュックは二回りほどは小さく、ちょっとオシャレな形。

 れいな赤に染められていて、カワイイ。

 街中のちょっとしたお出かけには良さそうだけど、長期の旅行には容量不足だよね。

 今回は私のバッグの中で出番待ち、かな?

「ちなみに、それには容量拡大と重量軽減などの効果がしてある。それに入れれば大全を持っての旅行も可能だろう」

「……えっ!? 本当に? 良いんですか? 凄く高いですよね?」

「買ったらそうだが、私が作った物だから気にするな」

「ありがとうございます!」

 オシャレなだけのリュックかと思ったら、どうやら錬成具アーテイフアクトだったらしい。

 私の現状において、このリュックはすっごくうれしい。

 というよりも、これが無かったらまずれんきんじゆつたいぜんなんて持ち運べないよね。

 ……マスタークラスの錬金術師が作ったこのリュックが、一体いくらなのかは考えないことにする。こわくなるから。

「ああ、あと、とうなん防止も付けていたな。お前以外には使えないから、もし人にゆずるなら、その部分をへんこうできるレベルになるまでがんれ」

「いえ、そんなことしませんよ! せっかくしようからもらったせんべつなのに!」

 私はむふふっと笑って、さつそくリュックの中に手を入れてみる。

「おおぉ~~~」

 見た感じは私の背中にちょうど良い大きさなのに、私の腕がすっぽりと入ってしまう。

 ついでに持っていたバッグを入れてみても、中にはまだまだゆうがある。

 外から見た大きさだけなら、バッグの方が明らかに大きいんだけどね。

「さすが師匠! すごいですね!」

「まぁ、これくらいはな。それよりも買いに行くんだろ? あまりおそくなるとこうばいが閉まるぞ?」

 私が目をかがやかせて見上げると、師匠は平然とした表情で視線をらし、話を変えた。

「あ、そうでした。今日中に買って、ついでに修業先も見つけないと! もうりようにはまれないから」

 出身の孤児院には、たまに顔を出していたし、卒業の報告にも行くつもりだけど、さすがに『泊めてください』とは言いづらい。

 だからしばらくの間は、宿に泊まって就職活動。

 でも、王都の宿は結構高いんだよねぇ。

 もちろん場所によっては安いところもあるみたいだけど、そんなところに私みたいな女の子が泊まったら危ない……らしい。聞くところによると。

「しばらくウチに泊まっても良いぞ?」

「いえ、ケジメですから!」

 一応、今年で成人はむかえたのだ。自立しないと!

 下手へたすると居心地が良くて、ずるずると……なんてなりかねない。

 私は師匠をかして、学校の購買へ急ぐ。

 卒業した直後にぎやくもどり、というのもなんだかぜいがないけど、実のところ、錬金術師の道具が買えるのはここぐらいだったりする。

 入学当初は知らなかったのだが、錬金術師の道具は基本的には受注生産で、それ専門で成り立つほどお客──つまり錬金術師はいない。

 結果的に学校の購買ですべてあつかう形になっているんだとか。

「すみませーん」

 購買に入って声を掛けると、奥からいつものおばちゃんが出てきた。

「あ、サラサちゃん、卒業おめでとさん」

「ありがとうございます。おかげさまで、無事に卒業できました」

 がおでお祝いを言ってくれるおばちゃんに、私は頭を下げてお礼を言った。

 ここではひんぱんに紙やペン、インク類を買っていたので、おばちゃんとは仲良しなのだ。

 私が孤児院出身なのも知っているので、時々、はい予定の商品をタダでくれたりするなど、色々とお世話になっていた。

 この学校では、僅か三人の友達と教授たちを除けば、悲しいかな、私の知人はこのおばちゃんと図書館の司書くらいしかいないのだ。

 もちろん、お祝いを言ってくれる人も……ね。

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