Episode1 卒業できた!(2)

    ◇ ◇ ◇


 学校を出て最初に向かうのは、師匠のお店。

 さんざんお世話になったのに、卒業して挨拶も無しという不義理はできないし、それが無くとも師匠には用事がある。

 師匠のお店は学校からもほど近く、王都でもかなりい場所にある。

 おかげでバイトに通うのにも便利で、時間を有効に使えたのだ。

 土地の値段とかはよくわからないけど、大通りに面しているし、たぶん一等地?

 私がバイトしていた時も、ほとんどひっきりなしにお客さんが来ていたし。

「ししょー、こんにちはー」

 私は軽く挨拶をして、いつものように店の奥へ入る。

 卒業試験前に、すでにバイトはめているので、本当はマズいんだけど、ここの人たちとは五年近くいつしよに働いて気心も知れている。

 なので、特に止められる事もなく、笑顔で『卒業おめでとう』と奥へと通してくれた。

「おう、サラサ、卒業おめでとう」

 店の奥、錬金こうぼうむかえてくれたのは、ちよう美人の女性。

 その外見には似合わない、やや乱暴な話し方をする人。

 外見ねんれいは二〇代半ば?

 でも、五年前から変化は見られない気もする、実年齢しようの錬金術師。

 これが私の師匠である。

 そのうでまえはトップレベル。

 なんと、全国でも数えるほどしか存在しない上に、並みの貴族よりもえいきよう力があると言われるマスタークラスの錬金術師なのだ。

 しかも、ほかのマスタークラスの錬金術師がご老人なのに対し、師匠はこの外見。

 私が年齢不詳と言いたくなるのも仕方ないよね?

 だけどまぁ、その外見のせいもあって、王都でも非常に人気の錬金術師で、仕事のらいは引きも切らない。

 今もって、そんなお店で私がやとってもらえたのが信じられないくらい。

 くわしくは語らないけど、なんというか……ぐうぜんと幸運のたまもの

「ありがとうございます。師匠のおかげで、何とか卒業できました」

 改めてていねいに頭を下げてお礼を言うと、師匠は軽く手を振ってこたえた。

けんそんするな。聞いているぞ? 成績的にはほぼ首席だったらしいじゃないか」

「あれ? そう、なんですか?」

 試験ほうしよう金はたくさんもらったけど、一位になったことは少なかったよ……?

 試験があるたびに成績の上位一〇位まではり出されるため、順位自体はあくできている。

 報奨金が受け取れるかに関わるので毎回かくにんしていたが、たいていは私の上に二、三人いた。

 名前はよく覚えていないけど、貴族だったことは確認している。

 家名を見ればすぐに解るし、報奨金に関わるからね。

「貴族は、まあ、アレだ。しやくによってかすからな」

「へぇ、そうなんですか」

「ん? あまり興味ないか?」

 平然と応えた私に、師匠が少しいぶかしげに首をかしげる。

 確かに少しずるいとは思うけど、私にはあまり関係ないからね。

 正直、試験報奨金にさえ影響しなければ、一位じゃなくても別に構わないし。

 貴族は学校に寄付もしてくれてるし、奨学金、報奨金は辞退してくれる。

 私の奨学金や報奨金がその寄付から出ていると思えば、むしろお礼を言っても良いくらい。

 下駄くらい、いくらでも履かせてあげてください。

 そんなことを私が言うと、師匠は笑ってうなずいた。

「学校の成績なんて、錬金術師になってしまえば関係ないからな。レベルを上げていけるかは努力だいだ。──あぁ、退学の判定については貴族の成績も同じように評価されるから、水準以下の錬金術師はいないからな?」

 ただし、卒業後の就職については、じやつかん成績順位が影響するらしい。

 けど、採用する方も貴族の履いている下駄の事は知っているので……。

 ──正当に評価されない貴族の方が逆に大変なんじゃ?

 学校には態度の大きい貴族もいたけど、そこまでひどいのはいなかったし、私を可愛かわいがってくれた一つ上の先輩がこうしやく家の息女だったので、私がからまれる事も無かったから、そんなに悪い印象はないんだよね。

 先輩たちが卒業した後の一年?

 それも全く問題なかったよ。

 ちょっと問題のある貴族は、まず最後の年まで学校に残れない。

 それに、五学年まで残っている時点で、平民でもれんきんじゆつになることがほぼ確実。

 錬金術師の社会的ステータスを考えると、敵対するにはデメリットが大きい。

 将来、もしかしたらマスタークラスの錬金術師になるかもしれないんだから。

「それで、師匠。出かけられますか? あまり大金を持っているのも不安なので、れんきんじゆつたいぜんを買いに行きたいんですけど……」

「ん? もう行くのか? 今日の予定はもう無いからだいじようだが」

〝錬金術大全(全一〇巻)〟。

 それは一人前の錬金術師であれば、だれもが持っている錬金術のバイブルだ。

 私が師匠のお店でバイトを始めてしばらくしたころたずねた事があった。

『錬金術師になれたら、最初に手に入れるべき物は何ですか?』と。

 その時にすすめられたのがこの本、〝錬金術大全〟である。

 錬金術の入門にしてさいおう。錬金術すべての技術が記されているというその本さえあれば、錬金術師としての道程は示される。

『そんなすごい本、いったいどこで手に入るの!?』と思った私に、しようは気軽に付け足した。『ちなみに、学校のこうばいで買えるよ』と。

 最奥が学校の購買で手軽に買える。

 そんな現実になんだかしやくぜんとしないものを感じながらも、私は次の日、がんってめたお金をにぎりしめ、として購買に出向いた。


 そして崩れ落ちた。


 購買のおばちゃんが告げた定価、なんと七五〇万レア。

 王都ですら、それなりに広いいつけんゆうで買えるお値段だ。

 錬金術師であっても新米が簡単にはらえる額では無い。

 ましてやそれ以前の学生はなにをかいわんや、だ。

 これって、購買で売っていて良いお値段ですか?

 だんここで私が買っている、一〇〇レア程度のノートやインクとのギャップが凄すぎなんですけど。

 場所的には気軽だけど、値段的には全然気軽じゃないやい!

 当然、私は購入をあきらめ、師匠にった。

 そうすると、師匠はしようして『だから普通は、見習いでお店に入って金をかせぐんだがな。そもそも一〇巻まとめて買う必要も無い』と言いながら、一つのけ道を教えてくれた。

『私を通せば五〇〇万で買える。卒業までに貯めることができたなら、安く買わせてやろう』と。

 五〇〇万! なんと二五〇万レアものディスカウント!!

 ……いえ、それでも普通に家が買えるお値段ですけど。


 しかし、なぜこんなにも錬金術大全は高額なのか。

 その理由の一つは、この本自体がとくしゆな〝錬成具アーテイフアクト〟だからだ。

 錬金術師でなければ読む事ができず、それ以外の人にとってはただの白紙の本に見える。

 さらに錬金術師であっても、そのレベルによって読める巻が異なる。

 いや、正確には逆で、読める巻によってレベルが決まる。

 学校を出たばかりの卒業生が読めるのは一巻までで、レベルで言うなら一。

 以降、読める巻数が増える毎にレベルが上がり、一〇巻を読めるようになった段階で、レベル一〇。一般的には、レベル三までが新米で、四から初級、七から中級、一〇に至ってようやく上級錬金術師と呼ばれるようになる。

 そんな上級錬金術師になれるのは錬金術師の中でもごく一部で、それを更にえたところに至った者が師匠のようなマスタークラスである。

 そのような物であるからこそ、この本のしんがんを判定するのは難しい。

 普通の人では、ただの白紙の本との区別が付かないのだから、『これが錬金術大全です』と言われても否定もこうていもすることができない。

 新米錬金術師でもそれは同様で、一巻以外が白紙でも、にせものかどうか判らないのだ。

 そこで必要となるのが保証制度である。

 中身を確認できる錬金術師に立ち会ってもらい、本物であると裏書きをしてもらうのだ。

 だが、一〇巻まで購入するとなると、必要となるのは上級錬金術師以上。

 数少ない上級錬金術師に立ち会ってもらい裏書きをしてもらう。

 当然、ほうしゆうとはいかず、それは商品代金に上乗せされる。

 これが錬金術大全が高価であるもう一つの理由である。

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