ややブラックなショートショート集
アンドレイ
面接
男は職を探していた。
思い返せば、前回の面接は理不尽に落とされた。
そこではこんな質問をされたのだ。
「君はどのくらい長生きしたいかな?」
変な質問をする会社もあるんだな。
男は控えめな様相で平均寿命と答えると、面接官が紙面にバツをつけているのが分かった。
帰宅後、間も無くして不採用通知は届いた。
一体その答えの何がいけなかったと言うのか。
考えても仕方がない。前回のは希望する職種ではなかったし、まあいいかと男の気持ちは上を向いた。
そして今日もまた面接だ。それに今回は、男にとって好条件の会社だ。
朝一番から男は気張っていた。
ネクタイの位置を調整していると、耳からテレビの内容が流れ込んで来る。
どうやら街頭インタビューをしているらしい。
「君は何歳まで生きたい?」
そう親子連れに聞くと、「あした〜‼︎」と幼い子供が手をあげる様子が映っていた。
男はそれを見て世も末だなと僅かに唇を歪める。
質問の意味が分かっていないのか、はたまた狙ったのか。
たかだか四、五歳にしてボケを理解しているなんて末恐ろしい。小学校で人気者になれそうだ。
だが、驚くのはこれからだった。
子供の奇想天外な答えに、インタビュアーが「すごい!」と抜かしたのだ。
もう少しまともな、褒め方が存在するだろうに。
この放送局はダメかもしれない。
男は、自分の行く末にだけ集中しようとテレビの電源を落とし、すぐに家を出た。
電車を乗り継ぎ、面接会場の最寄り駅に着く。
なんだか緊張でお腹が痛くなってくる。それだけ今日の面接は男にとって大きな場なのだ。すぐに近くのコンビニに入ることに決めた。
ビルに囲まれた細道を行くと、そのコンビニは見えてくる。コンビニの前に人影が見えた。
どうやら店長らしき人物と学生が話し込んでいる様子だった。アルバイトの採用面接を行っているらしい。
「君は何歳まで生きたいんだ?」
怒るような店長の質問に対して、不安そうな面持ちの学生は「今です」と答える。
途端に店長が「採用ー‼︎」と腕を振り回す。
男はそれを見て、何のコントだと首を傾げる。
質問の内容もよく分からないが、学生の返答に至っては、ふざけているとしか言いようがない。
男は暫くコンビニの前で立ち尽くしていたが、便意を思い出しそのコンビニに入ることを決める。面接まで余り時間もない。
鼻息の荒い店長。嬉々とする学生。できるだけ視界に入れないように、二人の隣を早足で駆け抜けた。
そしてトイレの中で、男は考える。
世の中がおかしくなってしまったのだろうか。知らないうちに、変な常識が根付いてしまったのかと。
しかし、どいつも短命を希望しているみたいだ。果たして短命というのは何がいいのだろう。
気張りながら考えてみると、すーっと答えのようなものに辿り着く。
そうだ。短命というのは、それだけ必死に生きるということで、バリバリ働くことの暗喩だったのだ。
だから前回の面接で、男はダラダラと働きたいように捉えられてしまった。
インタビューの子供はきっと、今日が楽しいと表現したかったのだ。
そしてさっきの学生バイトは、恐ろしくやる気があるのだろう。
しかし、そんな概念がいつからできたのだろう。知らない間に世界が変わっててしまったのか。
だが、今はどうでもいい。あの質問の答えが分かったのだ。
男は全てを理解したと言わんばかりに、自信に溢れた顔つきで面接会場へ向かった。
地図と睨めっこしながら、ようやく面接会場となるビルにたどり着く。
会場では集団面接が行われようとしていたた。つまり、数人の応募者と机を並べるのだ。
男が着席すると点呼も早々に、面接は始まった。
初めに自己紹介、自己アピールの場を与えられる。用意していた言葉を丁寧に紡いでいく。
続いて、簡単なグループワーク命じられる。これも無難に終えられた。
ここまではかなり好感触だ。男は胸を撫で下ろす。
今日の面接はいつもとは違う。よりアドレナリンが出ていて、頭が冴え渡っている。
そして、それからも男は、信じられないほどに落ち着いて答弁を行うことができた。
何せ不安材料は取り除かれたのだ。あの質問が来たときの答えは用意してある。それも完璧な答えをだ。
もはや向かうところは敵なし。そんな勢いだった。
暫く時は経ち、面接官は襟を正している。どうやら面接は終わりのようだ。
面接官は咳払いをして、応募者に尋ねる。
「では、最後に質問をします……。どのくらい長生きしたいですか?」
その質問を聞いて、心臓が跳ね上がる。
来たのか。またこの質問が。男はドギマギしながら、自分の番を待った。
一人。また一人。短く返答する。
しかし、どうしたというのだろう。他の応募者は、半年後だの、三ヶ月後だのと呑気なことを言っている。
面接だと言うのに、そんな気概で良いのか。全く志の低い連中だ。
男は、笑みを張り付かせた。
「じゃあ、次はそこの君」
「はい」
ようやく男の番が回って来た。
男は自信満々の笑みで答えた。
「今です」
瞬間、場は凍りついたように固まった。
面接官はため息をついている。
何か間違えてしまったのか。
「その回答じゃあ、今日内定もらおうとも君はすでにお陀仏ではないか。それに内定をもらっても、仕事に着手してもらうまでに数ヶ月はかかる。今って……ねえ。うちはバイトじゃないんだよ」
そう言って面接官は部屋から去っていった。
ややブラックなショートショート集 アンドレイ @tu22toi
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